親が物忘れや意欲低下を起こしていたら…|700人以上看取った看護師がアドバイス
外出してもいいということになっても、出かけないくせがついてしまうと、なかなか外に出て人と接する機会がなくなる。親が先週あったことを忘れていたり、自分からなにもしないようになってしまったりしたら、どうしたらいいだろうか。看護師として700人以上を看取り、訪問看護の仕事をしている宮子あずささんにアドバイスしてもらった。
物忘れをするようになったら、まずは生活を見直す
いやなニュースばかりが流れていたり、外に出られない日々が続いていると、精神衛生上、良くない状態になります。
●急激に進んではいないなら、まずはできることから始めてみる
もちろん、急に物忘れが進んでいたり意欲低下を起こしているようなら、病気かもしれないので、病院に行って診断を受ける必要があります。
しかし、それほど急激な変化でないなら、認知症の初期症状に対しても、一時的な物忘れや意欲低下に対してもするべきことは同じなので、できることから始めてみます。
物忘れと認知症の違いは
ちなみに、物忘れとは、今日食べたものを覚えていないこと、認知症とは食べたことを覚えていないこと、と言われます。物忘れが目出つなら、今後、認知症になっていかないように気を付けていったほうがいいでしょう。
物忘れも認知症も、活力がなくなって何かを覚えたりする力が低下してしまう状態になっています。少し外に出て人に会ったりして、活気・活力が出てくると、覚える力も戻ってきます。
以下に、やってみるといいことを挙げてみます。まずは、この中のいくつかを試してみてください。少し気持ちが上向いて、物忘れもしないようになっていくかどうか、様子を見ながら考えていくといいでしょう。まずは生活を見直してみることです。
●前にやっていた外出を再開していく
例えば、デイサービス、お稽古事、お友達と会うこと、積極的なかたならボランティアやカラオケ教室などに通っていたかもしれません。そうした毎週決まって入っていた予定がなくなって人とのかかわりがなくなるのは、とても良くないことです。元に戻すことができるものがあれば、再開していくことです。
●見えるところにカレンダーや時計を置く
予定がなくなると、日にちや曜日の感覚がなくなってしまいます。よく見えるところに、カレンダーや時計を置いててあげるのも必要なことです。離れて住んでいる場合は、なるべく毎日電話して話してあげるといいのです。
日にちの感覚を失っていかないために、朝になったらカーテンを開けて部屋を明るくし、着替えて起きるようにします。最近では遮光カーテンが多くなっているので、カーテンを閉めたままだと、日中も暗い部屋にごろごろしているというようなことになってしまいがちです。生活パターンが乱れていかないようにします。
●眠れているかどうか注意してあげる
眠れていない場合があります。睡眠をとることは思考のリセットの役割を担っています。リセットできないと、全部持ち越しで脳に負担がかかってしまうので、眠れているかどうか注意してあげる必要があります。
脳に新しい刺激を受けられるようなことを
生活を見直すのと並行してやっていきたいのは、刺激を受けるようにすることです。つい、いつも同じことを繰り返して、変化がなくなり、刺激を受けることがなくなっていっていることが多いのです。
●食べたものを聞く。メモをする
今日、何を食べたか、おいしかったかを聞いてみるのもいいことです。1日1日、今日何を食べたのか、だれが来たのか、ちょっとしたメモをつけるようにするのもいいことです。
もちろん、簡単には思い出せませんが、思い出すきっかけにはなります。思い出す努力をしないと、どんどん忘れるようになっていきます。また忘れることに無頓着になっていってしまいます。メモをして思い出す手がかりを残し、思い出そうとするのは、高齢者に限らず、脳にとっていいことです。
●ドラマや映画を観る。できればそれについて話す
NHKの朝の連続テレビ小説を毎日観るといいと言われることもあります。実際の本人の生活には変化がないけれど、毎回、ドラマの中ではなにかしらの問題が起こるからですね。
ドラマだけでなく、好きなバラエティ番組でも映画でもいいのです。同じものを観て、それについて具体的な話ができたりすると更にいいでしょう。
●話をする、聞いてあげる
話すことがいつも同じになっていきます。「その話は何度も聞いたわよ」と言いたくなってしまいますよね。私もそうでした。親はめげなかったりしますから、そう言ってしまってもいいと思います。それでも本人にとっては初めてのようで話したい気持ちでいるのですから、いつもの話から新しい展開があるように、問いかけてみたりするといいと思います。
話題を広げて、このところ使わなくなっている単語を、頭の中から引っ張り出して使うようにしてあげることです。
言葉もなかなか出てこなくなっています。ちょっとまだるっこしいけれど、言葉が出てくるのを待ってみましょう。
ついさっきのことは覚えられなくても、昔のことは覚えているのも理解して、昔の話につきあうことも必要になります。
離れて住んでいる場合は、なるべく毎日電話して話してあげるといいのです。話をしないでいると、話せなくなっていきます。脳を使うということもそうですし、口を動かして発声することができなくなってしまいます。内容などはともかく、物理的にのどやあごの筋肉を使うようにするためですね。
●花、お菓子、紅茶…好きなものに触れられるようにする
花が好きな親御さんなら、持っていってあげるといいでしょう。ポジティブな感情がわくのはとてもいいことです。水を替えて世話をしてあげるようになるのもいいことです。
お団子が好きだとか、紅茶が好きとかいうことがあるかもしれません。おいしいものが好きならそれを買ってきて一緒に食べるのもいいことです。
汚したり壊したりなくしたりするのをおそれずに、きれいな服を着るようにしたり、いい食器を使ったりしたほうがいいのです。
ともかく新しい刺激を受けられるようにすることが大事です。毎晩子どもが送っているメールを、朝読むのを楽しみにしている親御さんがいるという話も聞きました。これも情報のやり取りで、脳に刺激を受けることになりますね。
人によって、好ましい刺激は違うので、親御さんの興味や嗜好を考えてあげられるといいと思います。
<親が物忘れや意欲低下になったときのためのまとめ>
●物忘れは食べたものを覚えていないこと、認知症は食べたことを覚えていないこと
●物忘れも認知症の初期症状に対してもするべきことは同じ
●まずは、生活を見直してみる
●前にしていた外出を再開していく
●見えるところにカレンダーや時計を置き、朝になったらカーテンを開けて、日にちや曜日の感覚をなくさないようにする
●眠れているかどうか注意してあげる
●脳に新しい刺激を与えられることをやってみる
●食べたものを聞く
●ドラマや映画を観て、それについて話す
●話をする、聞いてあげる
●好きなものに触れられるようにする
今回の宮子あずさのひとこと
私の母は、今、生きていたらどんなに政権を手厳しく批判しただろうというような論客でしたが、最後は、入れ歯や、お通じが出る出ないということしか話さなくなってしまいました。興味の範囲がやせていってしまうのですね。
人生の最後に、そうなっていくのを止めることはできません。しかし、今回の新型コロナウイルスによる異常な事態の中で、本来だったらまだまだ生活を楽しめていた高齢者が、ストレスにさらされ、外出できなくて脳の機能低下が進んでしまっています。少しでも手をさしのべてあげられればと思います。
教えてくれた人
宮子あずさ(みやこあずさ)さん/
1963年東京生まれ。東京育ち。看護師/随筆家。明治大学文学部中退。東京厚生年金看護専門学校卒業。東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。1987年から2009年まで東京厚生年金病院に勤務。内科、精神科、緩和ケアなどを担当し、700人以上を看取る。看護師長を7年間つとめた。現在は、精神科病院で訪問看護に従事しながら、大学非常勤講師、執筆活動をおこなっている。『老親の看かた、私の老い方』(集英社文庫)など、著書多数。母は評論家・作家の吉武輝子。高校の同級生だった夫と、猫と暮らしている。
構成・文/新田由紀子
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