父の職場でクラスター発生!そのとき我が家は…家庭内隔離で大混乱
夜になり、母からLINEが入った。
母LINE:「隔離しました。不満顔です。我慢してもらうしかない」
気になって電話してみると、母の声が思いっきり暗い。
母:「もう、すごい大荒れ。『俺を罪人扱いするのか』とか怒鳴っちゃって」
私:「今、どうしてるの? ご飯食べた?」
母:「部屋にいるわよ。食事はさっき運んで行って、これから晩酌用のお湯を持って行くところ」
声のトーンはどんどん弱々しくなる。
私:「まあ、仕方ないよねえ。閉じ込められたって思ってるんでしょ」
母:「食事だって持って行ってあげてるのにさ。さっきも帰ってきて早々、(愛犬の)Mにベタベタ触って……」
結局、父にも電話することにした。なぜか父は、長女である私の言うことには比較的素直に耳を傾ける傾向があるからだ。いつもなら母を介して父とコミュニケーションをとるのだが、ここは娘の声という伝家の宝刀を使うべきとき。母との電話をいったん切り、父のスマホに電話をかけてみる。
父:「おう! 聞いたか? あいつは俺をバイキン扱いしているぞ! 帰ってきて早々、『家庭内隔離だ』とか偉そうに言いやがって、俺を部屋に押し込めたんだ。鬼の首を取ったような言い草で、もう腹が立って腹が立って……」
怒り心頭で、普段の3倍速で話し始める父。父の怒りとともに、父の視点から見た母の言動が、私には目に浮かぶようによくわかる。なおも言い募る父の言葉をやんわりさえぎり、話の方向を変えてみることにした。
私:「それよりお父さん、体調はどうなの? 熱はないの?」
父:「体調なんて、全然問題ないよ。熱は、仕事に行く前にいつも測っていて、平熱と変わりないんだ。それなのにあいつは俺を罪人のように閉じ込めて。さっきだって『食事をもってきてやった』っていう態度なんだぞ。もし、これ以上あのやり口を続けるようなら、階段の上から蹴落としてやる!」
正直、ぞっとした。普段は、そんな乱暴ができるような父ではない。しかし、これほどはっきりと怒り狂う父は久しぶりだし、今は誰も止められる者がない。
海外では外出制限によってDV(ドメスティック・バイオレンス/家庭内暴力)や虐待が増加しているという。この報道を目にしたときは、「まあイライラもするよね」と、他人事として受け止めたが、父の殺気立った言葉を聞いたとき、DVはこんなふうにあっけなく起きるのだろうと腑に落ちた。
「自分の体は、自分が一番よくわかる」と言えない不安
この後の会話は、父の懐柔に終始した。
私:「お父さんの体調がよくて安心したよ。もともと健康でしょ? ちゃんと手洗いしてるし、たぶんコロナにはかかってないよ。でも、今日のニュース見た? 60代の男性が路上で突然亡くなって、死後にコロナ感染がわかったんだって。きっとお母さん、そのニュースを聞いて怖くなっちゃったんだよ」
「高齢男性・コロナ・突然死」というキーワードを聞き、やや落ち着く父。コロナの怖さが少し身に迫ってきたようだ。続けざまに、父への心配をぶつけてみる。
私:「お父さんは持病がなくてよかったね。健康診断でも、問題ないんでしょ?」
父:「そうだな。前に心臓がドキドキしたことがあったが」
私:「えっ、大丈夫(大げさに)? 病院行った?」
この後も、父の体調が心配でたまらないと伝え続ける。ここで「お母さんに移したら大変だし」などと言っては逆効果。あくまで心配なのは父本人だというメッセージを送った。
次に、部屋の状況を尋ねてみた。だいぶ機嫌がよくなった父は、これから晩酌をすること、自室にテレビはないが、本やDVDがあるから大丈夫だと話す。
私:「何でも揃ってるね! あと数日はお大尽暮らしだと思って楽しむしかないよ。足りないものがあったら何でも送るからね。あと、電話はすぐにつながるようにしておいてね。心配だから」
父自身が「自室は快適だ」と言ったことで、無理に隔離されているのではなく、自ら居心地のいい場所にいることを思い出したようだ。
その後、他の家族のこと、愛犬のこと、コロナ騒動後には遊びに行くなどの明るい話を続け、父との電話はなごやかに終了した。
両親世代の人と会話をしていると、「自分の体のことは、自分が一番よくわかっている」という決まり文句をよく耳にする。その言葉は、年をとるまで元気にやってきたという自信に裏打ちされているのだろう。しかし、こと新型コロナウイルス感染症に限っては、その理論は通用しない。前代未聞の感染症であり、死や重症化は他人事とは言えないのだ。
強がる父も、「もし自分がコロナにかかっていたら」と不安を感じ、その恐怖から必死に目を背けているのかもしれない。……まあ、自分はかかっていないと盲信している可能性のほうがずっと高いけれど。