減塩で本当に健康になれるのか?長生きできる「適塩」を考える
塩分摂取量は世界基準5gのところを日本人平均はその2倍にも。だが、最新の研究で「人類に塩は不要」であることがわかってきた。『NHKスペシャル』(以下Nスペ)の『現代人は「塩中毒」!?』で話題の「塩」について考える。
古代ローマでは、兵士の給与は“塩”で支払われていたという。それほど人類にとって尊く、なくてはならないものが、2000年以上経った現代、悩みのタネになっている。摂るべきか、摂らざるべきか、摂るならどのくらいがベストなのか。
日本人は“塩のとりこ”になっている
≪塩を多くとり続ければ、脳に“塩を中毒的に求める物質”が増えて、塩をとらずにはいられなくなる危険性があると考えられます≫
まるで麻薬中毒の危険性を示唆するような恐ろしい指摘は、『現代人は「塩中毒」!?』と銘打って2019年末に放映された、『Nスペ』の一場面だ。「塩分控えめ」が主流となっている昨今、それでもなお「中毒」だというのは衝撃で、大きな話題を呼んでいる。同番組によれば、現代人、とりわけ日本人は“塩のとりこ”だという。
2018年に行われた厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、日本人は1日に平均して10gほどの塩分を摂取しているという。過去10年間で約1g減ってはいるものの、国が目標としている男性7.5g、女性6.5gまでは遠い。ちなみに、世界保健機関(WHO)の基準は5g未満。それですら「塩分摂りすぎ」かもしれない―人類の進歩の歴史や、世界の塩文化をひもときつつ、『Nスペ』ではそう問い直しているのだ。確かに脳卒中や動脈硬化、骨粗しょう症、腎臓病などさまざまな疾患の一因は塩分の過剰摂取だといわれている。
しかし、しょうゆやみそをはじめとした日本食には塩分がつきものであるうえ、急激な減塩は体によくないという説もある。中毒にならずに、適度においしく塩分を摂取できる“適塩”はどうしたら実現できるのか。
極端な減塩が高血圧を招く
元来、地球上の生物は海水の中で暮らしていた。したがって、外敵の少ない陸に上がった後も、塩分は生命を維持するうえで不可欠であると長らく考えられてきた。しかし、それを覆す食生活をしている人たちが世界各地にいる。
例えば、『Nスペ』でも紹介されたアフリカのマサイ族は1日2gの塩分で生きている。彼らの食事は朝も晩も搾った牛やヤギの乳を飲むだけ。そこに含まれる塩が、2gなのだという。このように、1日わずかな塩分で生きている人たちは、南米などほかの地域にもいる。その古くからの食文化は、「無塩文化」とも呼ばれている。
つまり本来ならば、人類はわずかな塩でも生きていけるはずなのだ。それならば今すぐ私たちも「無塩文化」の生活に戻るべきなのだろうか。しかし、予防医学の専門家で医学博士の田中佳(よしみ)さんは待ったをかける。現代人が減塩しすぎると、逆に病気や不調を招いてしまうというのだ。
「極端な減塩に取り組むことで、かえって体の不調や病気を引き起こす可能性があります。塩に含まれる種々のミネラルは、体にとって必要な成分で、不足すると代謝力が落ち、体の営み全体が低下してしまいます。そればかりでなく、ナトリウム不足を腎臓が察知した結果、血圧を上げるホルモンが分泌され、高血圧になる可能性さえある」
ミネラルの不足はだるさや頭痛、肌荒れなどを招くともいわれている。
「病院でリンゲル液の点滴をすることもありますよね。成人では1日に3、4本使います。実はこの点滴には、1本につき3gのナトリウムが含まれているのです。でも、そのせいで高血圧になったという実例はありません。減塩による健康効果は、実は根拠があいまいな部分も多いのです」(田中さん)
確かに、日本人の塩分摂取量は減少傾向にあるにもかかわらず、高血圧患者の人口はむしろ増えている。私たちがマサイ族のように塩分を控えた生活を実現したとしても健康になれるわけではないというのは、なんとも厳しい現実だ。
減塩はまず旬のものを使うこと
とはいえ、好き放題塩分を体に入れてもいいわけではない。
「特に高齢者や喫煙者は、味覚が鈍ってしまうこともあって、おいしいと感じる味を追求すると塩分を多く摂りがちになります。特にお年寄りは腎臓の機能も低下していますから、減塩を心がけることは有用です」(田中さん)
日野原記念クリニックで高血圧患者の治療を担う久代登志男さんも、減塩の効果を臨床で実感する1人だ。
「高血圧患者の4割は、減塩によって症状が改善します。特に高齢者や肥満体形の人は、降圧できる可能性がさらに高くなります。加えて、減塩だけでは血圧が下がらない人でも、降圧薬の効果を高めることが期待できます」(久代さん)
とはいえ、急な減塩は不調を招く可能性があるうえ、塩気のない食卓は味気なく、日々の楽しみを奪ってしまう。では、どのような工夫をすれば無理なく「適塩」を摂取できるのか。
まずは、「塩のとりこ」になっている舌を解放することだ。管理栄養士の磯村優貴恵さんは、濃い味に慣れてしまった人に、次のようなアドバイスをする。
「インスタント食品や加工食品に代表される塩分がたっぷり入った食事は、どれもしっかりと味つけがされていて、もとの素材の味がわからなくなっているものが多い。まずは減塩そのものよりもおいしい素材の味を知ることが先決です。鮮度の高いもの、地産のもの、旬のものは、それだけで味がよく、細やかな味つけは不要。それをシンプルに調理して、素材そのもののおいしさを舌に覚えさせます。時間はかかるかもしれませんが、料理のおいしさは味つけより素材の味ということに気づけば、自然と減塩できます」
塩分の多い調味料は、直接かけずに小皿にとってみる
久代さんもインスタント食品や加工食品に注意を促す。
「ラベルに記載された食塩相当量を確認する習慣をつけてほしい」(久代さん)
調理では減塩を心がけても、よりおいしく食べようと思って、調味料を使いたくなることもあるだろう。しかし、サラダにマヨネーズを直接かけたり、刺身をしょうゆにべったりつけたりすることは、塩分摂取量をぐんと上げてしまう。
「漬けものにはすでに塩気がありますが、さらにしょうゆをかける人もいますよね。しかし、しょうゆはひとかけで塩分0.5gほどになり、漬けものの塩と合わせれば、あっという間に数g摂取してしまうことになる。また、とんカツにかける中濃ソースは、ひとかけで約0.3g。塩分の多い調味料は、直接食べ物にかけるのではなく、小皿にとってみてください。そして、食べ物の先端に少しつけるようにすることが減塩できるポイントです」(久代さん)
とはいえ、塩味が不充分であれば、どうしても物足りなく感じることもある。
「そういう時に頼りになるのはお酢、つまり酸味です。しょうゆや塩だけで食べていたもののうち、半量を置き換えます。酢じょうゆやポン酢を使ったり、天ぷらをレモンや柚子などの柑橘類を搾って食べたりすれば、味にアクセントがついて飽きずに食べられるでしょう。また、食塩などの含有物が無添加のだしパックなどを使って、だしの味を濃くすることで、旨みを強めるのも効果的でしょう」(磯村さん)
つかず離れず、適度な距離でつきあって塩を味方につければ、人生100年時代を生き抜けるはずだ。
教えてくれた人
田中佳さん/予防医学の専門家で医学博士、久代登志男さん/予防医学の専門家で医学博士
※女性セブン2020年1月30日号
https://josei7.com/
●高血圧対策に!新減塩法|月に1週間、1日5gの塩分量で過ごすだけで血圧を下げる方法