兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【17回 マンション買い換え】
ライターのツガエマナミコさんが若年性認知症を発症した兄との2人暮らし日を綴る連載エッセイ。
認知症発症後も会社勤めを続けてきた兄だったが、ついに寛大な社長から退職を促された。退職金はなく、年金も期待できず…、マンションローンを返済すべく住み替えを検討していた矢先、兄が自分の住所を書けなくなっていることが発覚し――。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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スピード売買の誤算
兄が住所を書けなくなったことに衝撃を受けたわたくしは、焦ってマンション探しを始めました。今から考えれば、そんなに慌てなくてもよかったと思うのですが、その時は、すぐに名前も書けなくなるような気がして、「そうなったらおしまいだ」という思いに取り憑かれておりました。
それまでの1年間は、かなり上から目線で“いいのがあれば検討してみてもよろしくてよ”的なスタンスでした。不動産屋の紳士が、こちらの出した条件にかすっている物件情報を持ってきてくださっても、ざっと見て「これは高い」「これは古い」とバッサバッサと切り捨てていたのでございます。
でも、平成30年末のあの住所書けない事件(第16回参照)から間口をグッと広げ、妥協の上に妥協を重ねて2~3か月後には今の物件を買い、春引っ越しをいたしました。
はじめは、東南の角がいいとか、現状より新しいマンションがいいとか、床暖房がいい、ディスポーザー(排水溝の生ごみ粉砕機)もほしい、収納は多めで…など、そこそこ贅沢な希望を出していました。でも焦りが高じて、この辺りの条件は全部捨てることになりました。中でも絶対譲れない条件として売却金額からローンを返済した残りで買える価格を挙げておりましたが、残念ながらそれも崩壊。
売るよりも買う方が先だったのでいろいろ誤算がありました。思ったほど高くは売れなかったということです。同時に出費の誤算は、売る時にも、買う時にも不動産屋の手数料が別々にかかり、なかなかの金額であること。不動産登記の書き換えにかかる司法書士への報酬も売買それぞれにかかるのでなかなかなものでした。
こういうことは学校では教えてくれませんし、不動産屋の紳士から一通り説明はされるのですが、細かい数字の羅列に頭がついていかず、わたくし、分かった振りをして進めてしまいました。
さらに物件を売却する際の、買い主様によるお値切り交渉もなかなかえげつない…。というわけで、おつりがくるくらいのマンションを買ったつもりでしたのに、終わってみれば数百万円の持ち出し…。しばらくショックでした。
もっとお高く買ってくださる奇特な方が現れるまで粘れたら、違う結果になっていたかもしれませんが、まぁ、うちの兄が兄なので焦っておりましたのと、わたくしの性格上、早く落ち着きたい一心で、「もう持ち出しでもいいや」となってしまったのでございます。
というわけで、購入の約2か月後には売却が完了するというスピード売買に見事成功いたしました。
叶った住まいの希望は、オール電化、ペット可、2階以上、近場、そして専有面積(間取り含め)ぐらい。
決して後悔しているわけではございません。住めば都でございまして、新居に不満はございません。兄の火の管理が心配なのでオール電化は第一条件でしたし、知らない土地は迷子になるので近場も必須。ペット可の条件も兄に散歩してほしいという目的のため。とまぁ兄のための条件は満たしておりますし、築年数は古めですが、内装はフルリフォームされており新築同様。東と西にしかない窓も思ったほど悪くないことを知りました。
そんなこんなで持ち出しの痛みも癒えてはいるのですが、今後のことを考えるとやはり疼きだすのでございます。「あのお金があったなら」といつか思う日が来るような気がして…。
つづく…(次回は12月5日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?
第14回 兄の焼肉病
15回 社長様のお説教
16回 住所が書けない