【世界の介護】福祉大国スウェーデン「制度を越えた暮らし方」
「家のような温かみのあるインテリアや、壁や標識の色使いによるわかりやすい導線を採用しました。その理由は、認知症の人が不安にならないように刺激を少なく、馴染みのあるものにという考えからです。芝生や砂利、石畳など、あえて地面に変化をつけた中庭は、足が触れたときの感覚を変え、五感を刺激します。そしてその庭に、桃やブドウなど食べられる木を植えたのは、食欲を誘うという狙いから。
このように、ハード面のすべてを入居者の視点で考え、家のような空間づくりをすることで、スタッフにも『自分の職場ではなく入居者の自宅におじゃまする』という意識が生まれるようになりました。こうした意識改革こそが、暮らしに美しいハーモニーを生むのです」
一方で、全居室の入り口にはiPadが設置され、スタッフは服薬チェックや入居者の状態を記録してデータを一括管理するなど、効率的なケアの仕組みも万全だ。iPadは入居者本人が要望や苦情を打ち込んでもいいとのこと。
『3つの財団』がヨーテボリ市で人気がある理由は、こうしたハード面やスタッフの意識の他に、レストランの食事が美味しいこと。
厨房は2年前に、近代的な設備にリニューアル。仕上げをすべてシェフが調理することで、見た目も味も抜群の料理を提供できるというのが自慢だ。
毎日約800食の食事をつくっているというシェフのミカエルさんは、「ここのレストランでは、新鮮な魚が週に5日は食べられますよ」と胸を張る。
「食べられなくなり痩せていくことがあってはいけません。そうならないように、クリームやバターなど脂肪分の高いメニューを考えて、カロリー摂取を勧めています」(ミカエルさん)
日本人の私はふと違和感を覚えた。というのも日本では、高齢者が脂肪分の高い料理を好むイメージが湧かないからだ。
この違いは、異なる食文化という理由だけではなく、要介護度の高い入居者は食欲をなくしているケースが多いため、何とか栄養を摂ってもらう工夫から来ている。
手厚い福祉を維持するために独自に財源確保
高税率だが、人生の最後には手厚い介護を受けることができるスウェーデン。しかし、福祉大国と呼ばれるこの国でも、介護費用による財政難の影が忍び寄っている。
国の財源だけでは立ちゆかない面が出てきたため、『3つの財団』ではより良いサービスを提供するために、レストランのシェフが料理のレシピ本を発行したり、視察団には有料で見学してもらったりするなど、独自の財源確保に取り組んでいるという。
日本の介護施設においても、介護保険から出る国の予算内で介護サービスを考えるのではなく、“入居者に必要なサービス”という視点で必要なことを考え、制度の枠を超えた「介護保険外サービス」に独自の工夫を取り入れて、個性を出していくことが必要だ。
例えば、『3つの財団』のように、味覚や栄養摂取のレベルを高齢者に合わせたオリジナルメニューのレストランを、外部の人も有料で利用できるようにしたり、いま話題の「注文を間違えるレストラン」のように、入居者がスタッフとなってオープンするお店があったり…。
入居者の特性に合わせた様々な工夫をその施設の特徴とし、各施設が競い合って切磋琢磨していくことで、ビジネスとして話題になるような仕掛けをつくる。それが画一的な施設サービスから脱し、さらに良いサービスを入居者に還元する流れにつながっていくのではないだろうか。
※為替レートは、2017年12月5日現在
取材・文/殿井悠子
取材協力/オリックス・リビング
『3つの財団』公式サイト
殿井悠子(とのい・ちかこ)
ディレクター&ライター。奈良女子大学大学院人間文化研究科博士前期課程修了。社会福祉士の資格を持つ。有料老人ホームでケースワーカーを勤めた後、編集プロダクションへ。2007年よりイギリス、フランス、ハワイ、アメリカ西海岸、オーストラリア、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデンの高齢者施設を取材。季刊広報誌『美空』(オリックス・リビング)にて、海外施設の紹介記事を連載中。2016年、編集プロダクション『noi』 (http://noi.co.jp/)を設立。同年、編集・ライティングを担当した『龍岡会の考える 介護のあたりまえ』(建築画報社)が、年鑑『Graphic Design in Japan 2017』に入選。2017年6月、東京大学高齢社会研究機構の全体会で「ヨーロッパに見るユニークな介護施設を語る」をテーマに講演。
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