古典って何のために読む?「日本を楽しむためですよ!」
貴族社会は男も女もマウンティング
――今でいう、マウンティング女子(自分の優位性を誇示する女性)みたいなものでしょうか。
「女だけじゃないですよ。男もですから。貴族社会そのものが、押し出しの強さを競う社会なんです」
――えっ! おしとやかな世界ではないんですか?!
「もちろん、すごくおしとやかな世界ではありますよ。でも、謙譲の美徳では生きていけない世界なんです。たとえば『百人一首』を選んだといわれる藤原定家(ふじわらのていか)もなかなかのやり手ですよ。『百人一首』は、『古今集』から当代(定家の生きた鎌倉時代初期)まで(『万葉集』の歌も含む)、百人の歌人の歌が一首ずつ採られています。その半分近くが恋の歌なんですが、当代の恋歌は、定家の歌だけなんです。ほかの恋歌はみんな古い歌ばっかり」
――うわっ、ちょっと露骨ですね。
「当代一の恋歌詠みは自分(定家)だということを言っているようなものです。それくらい貴族社会は自己アピールする世界でした。当時は貴族社会こそが政治・権力の中枢でしたから、貴族文化は政治の道具という側面も持っていました。平安朝の文学は、国の中で力をつかさどるものの、すぐそばにあったということを知ると、古典文学の深さがわかってきます」
『君の名は』にまで一気につながる
――そうした奥深い古典の世界を学びたいという方に、先生からおすすめの勉強法はありますか?
「古典文学に入る糸口はいろいろあると思うんですが、少し学んだら、ぜひほかの作品も読んでもらいたいです。たとえば、今度の講座で「春のあけぼの」から『枕草子』の世界に入ったら、『源氏物語』もちょっと読んでみる。あるいは、同時代を描いた歴史書の『大鏡』や『栄花物語』を読んでみる。すると1000年前の出来事にあちこちから光が当たってきて、こういう世界だったんだ、と、よくわかるんですね。
たとえば私たちは、『平家物語』と『方丈記』は別の作品としてとらえていますけど、『平家物語』の中に『方丈記』に描かれていることが入っているんですよ。え!これパクってんの? って思うくらいです。『平家物語』だって、あら、ここ『建礼門院右京大夫集』にそっくりじゃないの、といったところがあります。つまり古典文学は脈々とつながっているんです。
たとえば『百人一首』を例にとると、本歌は『万葉集』で、それを藤原定家が詠みなおして『百人一首』に入れます、それをテーマに近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)が男を待つ女の話や遊女の話に変えます、そして近松の「八百屋お七」が、現代の坂本冬美の「夜桜お七」になるわけです。『万葉集』から坂本冬美まで、一気につながる、それが日本の文学です。
――そういえば、昨年大ヒットした新海誠監督の『君の名は。』は、男女の入れ替わりをテーマにしていますが、これとそっくりの古典もありますよね。
「『とりかへばや物語』ですね。男っぽい女の子は男として、女っぽい男の子は女として育てられた貴族の娘と息子の話ですね。成立は平安後期ですから、今から900年くらい前。古典を読んでいると、1000年や1300年の時を超えて、現代までいっきにつながるような一瞬を味わうことができます。清少納言や紫式部の考えていたことや感覚も、わが身のうちに感じることができます。それが母国語の文学の強みなんです」
――すばらしいお話をありがとうございました。最後に、古典を学ぶ意義を一言でお願いします。
「古典を学ぶと、日本で生きていくのが楽しくなる。これに尽きると思います」
Profile●久保貴子
くぼ・たかこ 実践女子大学大学院文学研究科博士課程修了。実践女子大学下田歌子研究所研究員。専門は、中古・中世文学。共著に『日本の古典を見る 蜻蛉日記』(一)(二)、『王朝文化を学ぶ人のために』ほか。
取材・文/まなナビ編集室 写真/SVD
初出:まなナビ