胃ろうが外せた例もある 命を繋ぐ「口腔ケア」<最終回>
もうひとつ例をご紹介しましょう。90歳代のご主人が、80歳代の奥様を看ている老老介護のご夫婦でした。奥様はほとんど寝たきり。開口状態で、食べることも話をすることもできません。ご主人は奥様の好きだった音楽を流し、献身的に介護をされていましたが、胃ろうから栄養を摂っている状態で、奥様に長い時間が残されていないことは明らかでした。
ご主人に「どうしたいですか?」と尋ねると、「何でもいいからひと口、食べさせてあげたい」とおっしゃいます。ケアマネジャーを中心に介護スタッフがチームで関わり、口腔のケアと口腔リハビリテーション連携を行い、毎日続けました。ヘルパーさんやご主人がマッサージなどに協力くださった結果、ついにスプーンで水を飲めるようになったのです。この事例は学会でも発表され、飲み込む機能の回復に対する、口腔ケアの重要性を知らしめたものとなりました。
食道がんの患者さんが誤嚥性肺炎を起こさずに延命できた実例
第4回で解説した「誤嚥性肺炎」は、寝たきりの方が命を落とす原因の多くを占めます。お医者様にうかがうと、とくに食道がんの方は誤嚥性肺炎にかかるリスクが高いそうです。
以前、私がケアに関わった末期の食道がんの患者さんは、ご家族からの要望があり、週に1回のペースで訪問させていただいていました。ご家族やヘルパー、看護師、その患者さんに関わっている多職種の方々に対して、着替えや入浴、リハビリなどで患者さんに接触する時に「できる範囲でかまいませんので」と、マッサージのポイントをお伝えしました。私が訪問した際には、第3回でもご紹介した口腔のストレッチのほかに、舌のストレッチ等をその都度体調をみながら組み合わせ、一緒に楽しみながら続けたのです。
そうしたところ、余命宣告されていた期間より、はるかに長く、寝たきりになることなく延命されました。主治医の先生が、誤嚥性肺炎を起こさなかったことを非常に驚かれていたことが印象に残っています。
肺炎を起こすことはご本人にとっては非常に辛いことです。同時に、苦しむ方を介護するご家族も、とても辛い思いをします。
最期まで、自分で呼吸をし、口から物を食べ、話し、笑う。人生の締めくくりの日まで、「楽しい」と思える日常を維持するためにも、口腔のケアを続けていただけたらと願っています。
【このシリーズを読む】
誤嚥性肺炎の原因は口腔機能の衰え!? 命を繋ぐ「口腔ケア」<第1回>
うがい、歯磨きの重要性 命を繋ぐ「口腔ケア」<第2回>
口、舌を鍛えるトレーニング法 命を繋ぐ「口腔ケア」<第3回>
訪問歯科利用のメリットとは 命を繋ぐ「口腔ケア」<第4回>
二島弘枝(にしまひろえ)さん/フリーランスの歯科衛生士・ケアマネジャー・リンパ療法師。訪問による歯科衛生士を続ける中で、生活・介護の現場を知った上で訪問するべきではないかと強く感じ、ケアマネジャーの資格を取得。ケアプランの作成や、介護をとりまく専門家の連携や調整を行うケアマネジャーとして5年間の経験を積んだ。その後は、歯科衛生士やケアマネジャー、看護師、介護士への講演やセミナーの講師を務めながら、現場第一主義の思いは変わらず、現在も歯科医院へのコーチングや、現役の単独訪問歯科衛生士として活動している。
取材・文/鹿住真弓
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