認知症ケア「ユマニチュード」|在宅介護で生かすための技術を本田医師が解説
取材でうかがったご家庭でのことです。認知症で記憶の混乱が激しく、ときに声を荒げ暴力的な行動にも出てしまうお母様と、必死にケアを続ける娘さんがいました。
お茶の時間になると、突然、お母様は和菓子を投げ始めました。娘さんは客人である私たちがいる前で、食べ物を投げるお母親に辟易したご様子です。しかし同席していた「ユマニチュード」のインストラクターである看護師が「成田山ご存じですか?」と、唐突にお母様に話しかけました。お母様は「知っとるよ」と、最初はきょとんとした表情。看護師が成田山の豆まきの話題を出し「今のは、豆まきみたいでしたね」話すと、お母様は和菓子を投げたことを忘れ、昔の豆まきのお話を始めたのです。すっかり穏やかな表情に戻り、その後も落ち着いたまま過ごすことができました。
【同じセリフを何度も繰り返す高齢者。その原因は何かを考えることが介護の技術である】
このお母様は、数分おきに何度も同じことを尋ねることがしばしばありました。また、昔の記憶と混乱して「子どもを探しに行かなきゃ」と慌てることも頻繁にあったそうです。その様子を見たジネスト氏は、娘さんに話題を変える「ユマニチュード」の技術を伝えました。1週間後と1か月後にお宅を訪ねると、日を重ねるごとに驚くほどお二人の関係は穏やかになっていました。娘さんはお母さんが混乱しそうになると、昔、お母様が好きだったことに関連付けて話題を上手にそらします。お母様の表情は花が咲いたようにパッと明るくなりました。
娘さんは「本心からでなくても構わないから、母を褒めちぎり、ポジティブな言葉かけを続けました。『お母さんの膝、かわいいね』『今日、髪型が素敵よ』というふうに。それだけで、今までとは日常がまったく違うものになりました」と感想を述べていました。
この親子が行ったことは、時間のかかることでも、道具を使うことでもありません。娘さんが少しの技術を会得して「お母様のことを大切に思っている」という言動を続けたに過ぎません。
【人間らしく生き続けるための技術】
「ユマニチュード」とは、フランス語で「人間らしさへの回帰」を意味します。「人間らしい」とはどういうことでしょうか。「ユマニチュード」の生みの親である、ジネスト氏とマレスコッティ氏は、「人としての存在を認めてもらうこと」「あなたのことが大切だと思われること」だと考えたのです。
本心では、最期の日まで笑顔で尊厳を持って暮らして欲しい。家族はみな、そう願っているはずなのに、日々のケアに疲れ切ったご家族は、いつしか「困った人」「手のかかる人」だと思いながらケアをします。そうした気持ちのまま、ただ「おはよう」「おむつかえるね」「体を拭くよ」と声をかけても、その声は介護を受ける人には届きません。介護されている側は「恐ろしい」と感じて、頑なになり、防御するために攻撃的になってしまうことすらあるのです。
そのときに、「あなたのことを大切に思っています」という気持ちを伝える技術を持っていたら、介護をする人と介護される人の関係は急速に改善されていきます。「ユマニチュード」では、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの基本を大切にしています。それぞれのテクニックを学ぶことで、介護される人が、人間としての尊厳を取り戻し、ケアしてくれる人に対して感謝の気持ちを持ってくれるようにもなるのです。
次回以降は、具体的な「ユマニチュード」の考え方を解説し、実際に在宅介護にとりいれるべき、さまざまなテクニックをお伝えしていこうと思います。
【プロフィール】
本田美和子/国立病院機構東京医療センター 総合内科医長。
筑波大学医学専門学群卒業後、国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)、亀田総合病院、国立国際医療センターに勤務。米国のトマス・ジェファソン大学にて内科レジデント、コーネル大学病院老年医学科フェローを経て、2011年11月より現職。著書にイヴ・ジネスト氏、ロゼット・マレスコッッティ氏との共著の『ユマニチュード入門』(医学書院)や『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』(朝日出版社)などがある。
取材・文/鹿住真弓
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注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<1>在宅介護に生かす技術
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<2>4つの柱「見る」「話す」編
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<3>4つの柱「触れる」「立つ」編
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<4>5つのステップ
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<5>介護が始まる前に準備できること
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