プロが教える在宅介護のヒント 在宅医・鈴木央さん<第5回>
在宅介護する家族の悩みあるあるQ&A「実践編」
在宅療養を支える診療所、鈴木内科医院・院長鈴木央(ひろし)さんが、在宅療養中の患者の家族から相談されることが多いという悩みをQ&A方式で紹介しよう。
365日、24時間、在宅療養に奔走している鈴木さんが、日ごろから家族にアドバイスしていることは、あなたの介護生活の役に立つかも。
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「状況が変化してきたとき」はどうする?
Q:家族の介護度が重症化してきました。退院後しばらくは、食事やトイレは自力でできていましたが、今はかなり難しい状況です。本人は家で療養したいという希望ですが、このまま在宅で見続けることができるでしょうか?
A:療養を支援している在宅医や医療・介護チームの誰かに、患者さんのいない場所で悩みを打ち明けてください。心配するようになった根拠をうかがって、専門的に予後予測を立て、今後、患者さんがどこで療養するのがいちばん幸せか、そして、ご家族も安心かを、一緒に考えます。
在宅療養をしている中では、病気やケガで入退院を繰り返す人もいれば、ゆるやかな坂を下るように人生の最終段階に降りていく人もいて、誰一人として同じ経過はありません。
介護をするご家族は、最も身近でその変化を見ていますから、いろいろな段階で感じることがあり、気持ちが揺れ動くのはとても自然なことだと思います。患者さん自身も、容体が変化する間に、気持ちが変わることもあります。不安を感じたときは、自然なこととして受け止め、見直しましょう。
しかし、患者さんの「家にいたい」という気持ちが強く、家庭で悩みを口にしたり、療養する場を変える相談ができない場合だと、心労が大きいですよね。そういうときは、僕ら医療・介護のスタッフが訪問した折に別室で、それも難しい場合は、在宅医の外来診療を訪ね、ひとまず患者さんや他の人の耳に入れずに、お話しましょう。
ヘルパーを増やす、福祉用具を借りるといった方法で自宅療養を続けられることもありますし、自宅と施設の利用を組み合わせるなどケースバイケースでご提案できます。
変化に合わせて、随時見直すことが大切です。あまり先のことは心配しないで、「今」に対応していきましょう。
Q:口から食べられないので、退院前に経管栄養(胃ろうなど ※注1)の処置を勧められました。もう食べることは諦めなければいけないのでしょうか?
A:「食べられない」ということは多くの高齢者に起こる問題で、栄養をとるために「胃ろうを造りましょう」という提案もよく出されます。とはいえ、胃ろうを造ることは、口から食べることを諦めるということではないのです。
経管栄養を使いながら食べるための訓練をするのか、延命治療の一環で経管栄養を行うのか、食べられなくなった原因と患者さんの状態、意思によって、選択することになります。病院の主治医と、在宅医から原因や状況を聞き、よく理解して決めることが大切です。
食べるための訓練をする場合は、栄養は胃ろうで摂りながら、口腔ケアと摂食嚥下リハビリテーションを行って、再び口から食べる機能を回復させるよう努めるのが、望ましい胃ろうの用い方です。
僕の経験から個人的な見解を述べると、胃ろうの有無に限らず、在宅療養をしている患者さんの9割以上に食べることを支える必要を感じます。とくに、退院後に摂食嚥下機能(噛み、飲み込む機能)が低下している人が多いようです。
それは病院がつい最近まで、退院した後の患者さんの食生活には、ほとんど配慮してこなかったためです。
この頃は少し変わってきましたが、病院では喉を診ても口の中の衛生や機能、歯を診ることがないのです。入院中には禁食や、入れ歯を外させる悪習慣があったりします。その結果、入れ歯が合わない、飲み込みがわるい、食事量が減るという問題が起きます。
病院では、食べやすく加工した食事が提供され、食べる機能訓練も行われますが、なかなか機能が回復せず、十分に食べられないままで、栄養障害や衰弱のリスクが高まり、胃ろうを造るという提案が出るのです。
しかし、胃ろうを造るだけでは、食べる機能の廃用(※注2)が進んでしまいます。
食べる機能は環境と意識状態によって左右される場合が多いと考えられます。退院時の機能評価が低く、胃ろうが施されているケースであっても、経過に関する情報を病院から在宅医が引き継ぎ、歯科や言語聴覚士、管理栄養士などの専門職と連携して口腔ケアを行い、食べるための環境整備を行う意義は大きいです。
食べるための環境整備は患者さんの食べる機能に合わせて、安全第一に行う必要がありますが、住み慣れた場所に帰って安心し、意識がはっきりして、食欲が出てくるタイミングで専門職のケアが入ることによって、口から食べることが徐々に可能になっていくと、患者さんやご家族の心理状態が大きく変わっていきます。
一口でも食べられると、「生かされている」ではなく「生きている」実感を得て、生命力が回復することが多いので、一口の意味は大きいのです。
口を使って食べることは、口の廃用を防ぐだけでなく、食べ物を見て、口に運ぶ動作によって食欲が高まり、食べて消化する体の準備が整い、唾液分泌によって自然に口腔衛生が保たれ、腸が動き、免疫機能が高まり、排泄のリズムが整う、などの面からも大切です。
誤嚥性肺炎のリスクがないとは言いませんが、早めに対応することで入院が不要になるケースも多く、適切なケアが提供できれば、心と体に及ぼすメリットが大きい。
一方、胃ろうを造ったからといって、唾液の誤嚥や、胃からの逆流は起こるので、誤嚥性肺炎のリスクが無くなるということはありません。
そして、人の自然な最期は食や水分を受け付けなくなる場合が多いことも知っておきましょう。人生の最終段階には、食べることや経管栄養が患者さんの負担になるので、僕は患者さんのそのときの状態に合った栄養と水分量を調整することをご提案しています。ただし、患者さんの好物をご家族が用意し、ちょっと召し上がるなどを止めるような無粋なことはしません。