「芸能人の名前が出てこない」は認知症の始まりか、それとも物忘れ?専門家が解説
加齢にともなう記憶力の低下は避けられない現実だ。中高年にとって物忘れは身近なもので、多くの人が自分の物忘れを“ひょっとして認知症かも”と不安に感じているかもしれない。週刊ポスト読者から届いた体験事例をもとに、物忘れのケースを示し、それが何を意味するかを専門家が解説する。
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認知症などを心配する必要がないケース
●「短期記憶」の消去
■本を読んでいて「あれ、この登場人物って、誰だっけ?」と数ページ前に書かれていた内容をよく忘れてしまう(61歳男性)
■朝読んだ新聞の内容を、昼食時、話そうとしても思い出せない(72歳男性)
これらは「短期記憶」として脳に保存された情報を忘れてしまっている状態だ。
短期記憶とは何か。横浜新都市脳神経外科病院内科認知症診断センター部長の眞鍋雄太医師が解説する。
「人間が目や耳などから得た情報は、まず脳の中心部に位置する『海馬』に一時的に保存されます。この情報を『短期記憶』という。短期記憶は、海馬で『必要な情報かそうでないか』を短ければ数分、長い場合だと1か月程度かけて選別され、不要と判断されたら消去される。つまり忘れることになります」
前述の事例ではこのような記憶の「消去」が生じていると考えられる。
眞鍋氏は「人間は誰でも短期記憶のうち8割は1か月もすれば忘れてしまう」と語る。これは人間にとって正常な生理現象であり、認知症などを過度に心配する必要はない。
●「注意力」の低下
■冷蔵庫にモノを取りにいったのに、扉を開けると「何を取りに来たんだっけ?」と忘れている(53歳男性)
■電話を取り次ぐとき、先方の名前を確かに聞いたはずなのに、メモを取る前に忘れてしまう(50歳男性)
■さっきまで手に持っていたのに家のカギをどこに置いたかわからなくなることがしばしば(59歳男性)
前出の「短期記憶の物忘れ」と似ているが、先ほどの事例が「覚えてからしばらくして忘れてしまう」のに対し、こちらは「覚えてすぐ忘れてしまう」という点で異なる。
これらは、厳密には「記憶力低下」というより、「注意力の低下」に分類される。
「注意力は、男性なら記憶力と同じく60歳前後から低下していきます。『冷蔵庫の目の前まで来て何を取りに来たか忘れる』というケースは、冷蔵庫までの移動中、別のことに気が向いて注意がそれることで、『モノを取る』ということが課題意識から消えている状態なのです。
またカギの置き忘れは、カギを置く瞬間に別のことに気を取られていて、どこに置いたかを認識していないと考えられます」(同前)
注意力の低下も、加齢とともに生じる生理現象なので特に気にする必要はない。
●「長期記憶」が思い出せない
■テレビを見て、顔を知っている芸能人が出ているのに名前が出てこない(72歳女性)
■両親の誕生日を思い出せない(66歳男性)
これらは、短期記憶とは異なり、「長期記憶」が思い出せなくなることによる物忘れと考えられる。
前述の通り、人間の得た情報は海馬で一時保存されたのち、必要なものと不必要なものに選別される。「必要な情報」だと判断された情報は、海馬から“倉庫”の役割をもつ大脳皮質に移し替えられ、長い間貯蔵される。これが「長期記憶」である。
短期記憶は忘れやすい代わりにすぐ思い出せるのに対し、長期記憶は忘れにくい代わりに、必要に応じて海馬が大脳皮質内を検索して情報を取り出さなければならないため、思い出すのに時間がかかることがある。また、海馬の機能が低下すると“貯蔵場所”がわからなくなり、覚えたはずの記憶が思い出せなくなる。
「人の顔はハッキリと覚えているのに名前を思い出せないケースは、長期記憶として貯蔵してはいるが、海馬の検索機能が低下して思い出せない状態と考えられます。
特に名前などの固有名詞はよほど特徴がないと思い出しにくい。完全に忘却しているわけでない証拠に、苗字などのヒントを出されると“ああ、そうだった”と思い出せるはずです。両親の誕生日も他人から教えられたら“ピン”とくるはず」
認知症などの病気が原因のケース
ここまで述べた物忘れは「老化などにより、誰にでも起こる物忘れ」だが、これから紹介するケースは「認知症」など病気が原因である可能性がある。
●「エピソード記憶」が抜ける
■去年の旅行先が思い出せないどころか「旅行に行ったこと」まで忘れていた(67歳男性)
■同じ話を何度も繰り返すようになり、人から注意されても「俺、そんな話したっけ?」と思ってしまう(77歳男性)
これらは長期記憶のなかでも「エピソード記憶」と呼ばれるものが抜けている。
「エピソード記憶とは、“いつどこで誰と何をした”という『体験』を脳に刻み込んで成立する記憶です。“旅行にいったこと”や“誰かに何かを話したこと”は、自分の体験したことであり、忘れた場合は、認知症の初期症状の疑いがあります」(眞鍋医師)
また、同じ話を繰り返す場合、「10分も置かずに同じことを言うなら特に認知症の疑いが強い」(同前)という。
●「手続き記憶」の障害
■久しぶりに自転車に乗ったが、乗り方をすっかり忘れてしまい運転できない(66歳男性)
■駐車場の壁にマイカーの側面をよく擦るようになった(70歳男性)
これらは認知症である可能性が特に高いケースだ。
自転車や自動車の運転のように身体で覚えている記憶を「手続き記憶」という。これらは、一度習得すれば意識しなくても自然に体が動くようになる。老化現象で忘れることもない。
「手続き記憶に障害が起こる場合は、脳内で運動や空間把握を司る『頭頂葉』に異変が生じたと考えられ認知症であるケースが多い」(榎本内科クリニックの榎本睦郎院長)
※初出:週刊ポスト
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