食事が進まない認知症グループホームの利用者が今一番食べたいのは《カップ焼きそば》麺をすすって発した言葉
都内の認知症グループホームで働く作家で介護職員の畑江ちか子さん。食事が進まず日に日に痩せてきている80代の利用者の女性が気がかり…。「一番食べたいもの」を聞いてみると「カップ焼きそば」という答えが――。さて、どう対処する?
執筆者/作家・畑江ちか子さん
1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。
※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。
カップ焼きそばにコーラ…最高
ある休みの日、私は昼過ぎに目を覚ましました。
起き上がり、机の上に置いてあるペットボトルの麦茶を飲むと、だんだんと頭の中がハッキリとしてきます。そうして「お腹が空いた」と思いました。
さて、何を食べよう――そういえば、このあいだコンビニでカップ焼きそばを買って、戸棚にしまったままだったな…そんなふうに考えていると、私の思考はものの数秒でカップ焼きそばに支配されました。
カップ焼きそばを作っているあいだ、私はほとんど無意識でコンビニへ走っていました。そして、本能の赴くままにコーラをレジへ持っていきました。
その後のことは、みなさまのご想像の通りです。こってりソースの絡む麺を、キンキンに冷えた炭酸で流し込む…。一言でいえば、「最高」でした。
そうして、気だるい満足感に浸りながら空になった容器を眺めていると、ふとある施設利用者の顔が頭に浮かびました。
軽度認知症の林セツ子さん(80才)の食事問題
林セツ子さんは、入所してから約一年半。軽度の認知症で、普段は自走式の車椅子を使いこなし、施設内をスイスイ移動されるかたです。
「ちょっとでも歩けるようになりたい」と、手すりに掴まって行う歩行訓練をたびたびご希望されますが、みなさんと一緒に行うラジオ体操は「恥ずかしくてバカバカしいからやらない」と不参加を貫く、クールな性格の持ち主です。
そんな林さんには、ある問題がありました。それは「ご飯をあまり食べない」ことです。
林さんの食事の摂取量は、毎食約1~3割ほど。半分召し上がれば「今日はよく食べましたね」と声をかけたくなる感じです。入所間もないころは、環境の変化や運動量の少なさからくるものかと思われていましたが、1週間、1か月経っても摂取量は変わりませんでした。
施設のご飯は「優しい味」
「ここの食事は味付けが甘いし、そもそもほとんど味がないこともある。私は田舎の出だから、塩辛いものがないとご飯が食べられないんだよ」
食事が進まない理由を職員が尋ねると、林さんはそんなふうに答えてくれました。
私が働いているグループホームは、食事を売りのひとつにしています。栄養士が考えた、体に優しくヘルシーな献立――入職時の面接で、施設のパンフレットを見た私は「もし親を入所させるなら、こんな施設がいいかも」と思いました。
しかし、実際に働いて数年経った今は、考えがちょっと変わりました。「優しいご飯だけじゃ、やってらんないよな」と。
介護施設の利用者は全員が高齢者ということもあり、健康上の注意点を抱えているかたが多くいらっしゃいます。
訪問診療による定期的な往診・採血で健康管理をされていますが、たとえば糖尿病の既往歴があれば砂糖が入った飲み物はNG、主食は少なめに、高血圧であれば塩分は控えめに、といった方針になります。そして、健康上何も問題のないかたであっても、現状維持のためにヘルシーな食事を推奨されがちです。
入職して間もなかったころの私はそれを「そりゃ人の命を預かっているんだから当然よね」と思っていました。そして今では「人の命と生活を預かっている」と思うようになったのです。
林さんが一番食べたいものは…
「林さん、今なにが一番食べたいですか?」
「しょっぱいおしんこ、イカの塩辛、お好み焼き。あと、カップ焼きそば」
「え、ホットプレートとかで作るのじゃなくて、カップ焼きそばでいいの?」
ちょっと面白くてつい笑ってしまった私に、林さんは真剣なまなざしで「カップ焼きそば、○○がいいの」と、具体的な商品名を付け加えました。
その表情を見て、自分の中に高齢者=ジャンクな食べ物は好まない&ヘルシーな物が好き、という偏見があったことに気づかされました。
「笑ってすみませんでした。その焼きそば、私もよく食べるんだけど、まさか林さんも好きだと思わなくて」
林さんは口もとだけ笑って「おいしいよね、あれ」と答えてくれました。
入所から落ち続ける体重
私はさっそくその件を会議で全職員に共有しました。
しかし、医師の許可がおりたところで、予算的・手間の問題から林さんだけ毎回特別メニューを用意するのは難しいという方向で話が進んでいきました。
「じゃあ、娘さんに依頼して、おしんことかそのカップ焼きそばを数個持ってきてもらうのはどうだろう?焼きそばは毎食ってわけにはいかないけど、たまに出すことにして、おしんこは毎食ちょこっと添えてあげるとか」
食事が進まない利用者には、施設で用意する食事とは別に、補食としてご本人様が好む飲み物や食べ物(お菓子、ご飯のお供など)をご家族様に持ってきてもらうこともあります。
このとき、林さんの体重は入所時から6キロ近く落ちており、訪問診療の医師からはハイカロリーの栄養剤が処方されていました。
娘さんからの差し入れで「カップ焼きそば」を
状況を説明すると、娘さんはすぐにおしんことカップ焼きそばを買って持ってきてくれました。
「わあ、買ってきてくれたの!?」
娘さんが焼きそばを取り出したとき、林さんは今まで見たことのない顔で笑いました。
その日の昼食時、私たちはさっそくカップ焼きそばを提供することにしました。
林さんが心待ちにしているカップ焼きそば――かやくをこぼさないように、麺を伸ばさないように、湯切りで絶対にミスらないように…自分の焼きそばを作るのとはわけが違います。
インスタント食品であっても「誰かが楽しみにしている」という理由があるならば、作るほうにも気合いが入ります。
ちょっと迷いましたが、器に盛り付けることはせず、容器に入ったままお出しすることにしました。もし私だったら、もとのパッケージのまま食べたいと思ったからです。
ご飯が食べられなかった林さん、完食!
「最高」
一口食べた林さんはそう言って笑い、以降黙々とカップ焼きそばをすすっていました。そして、完食されたのです。
食事を全量摂取されたことよりも、私は林さんが「おいしいと感じながら食事を摂ってくれた」ことで胸がいっぱいになりました。
このまま娘さんに持参を依頼し続けながら、林さんがご飯の時間を楽しめるようになればいいな…他の職員とそんなふうに話していた矢先、次なる問題が勃発することになるのです。
イラスト/たばやん。
