認知症グループホームの利用者の訴え「入れ歯をすると食事が美味しくない」困った職員が身を以て知ったそのつらさ
認知症グループホームで働く作家で介護職員の畑江ちか子さんが最近困っているのが、利用者さんが食事の前に「入れ歯を外してしまうこと」。食事を楽しく美味しく味わって欲しいが入れ歯の装着を促さなければならず困った日々、どう対処すればよいのだろうか。(前・後編の前編)
執筆者/作家・畑江ちか子さん
1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。
※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。
「食べること」は人生の楽しみ
「食事が1番の楽しみ!」というお声を、利用者からいただいたことが何度もあります。
私も食事は大好きですが、自宅で過ごしていた頃ほどの自由がないぶん、施設利用者のみなさまは特にそう感じるのではないでしょうか。
隣の席のかたとおしゃべりをしたり、テレビをご覧になりながら召し上がるかたもいらっしゃれば、ただひたすらに黙々と食事を進めるかたもいらっしゃいます。
そんなそれぞれの食事スタイルを見ていると「食べること」はやはり人生の中で大きなウェイトを占めているんだな、と思うのです。
入れ歯を外してしまう浦田ミサさん(78才)
みなさんが美味しくご飯を食べられていればいいな…そんなふうに思いながら見守りをしていると、浦田ミサさん(78才)が、入れ歯を外しお茶のコップに入れるのが見えました。
「浦田さん、入れ歯をお口に戻してください」
私がすかさず声をかけると、浦田さんは「見つかった…」というような表情で、しぶしぶ入れ歯を装着しました。
「これつけると食べ物の味が変わっちゃうんだよ」
ご自身の歯で食べ物を噛めない感覚――私には、その気持ちがわかりませんでした。
食事中、こうしてよく入れ歯を外されてしまうことから、浦田さんの食事形態は極刻み+お粥でした。
しかしそれでも、入れ歯を外していれば十分な咀嚼ができず、食べ物を喉に詰まらせてしまうリスクがあります。そうなってしまえば、ご飯を食べるどころの話ではなくなってしまうため、歯科と連携し、入れ歯が口内にフィットするよう調整も重ねてきましたが、状況は変わらずでした。
ご本人様の思うように食事を楽しんで欲しいけれど、安全面での問題には介入していかなければならない。浦田さんの入れ歯問題を一体どうしたものか――そんなある日のこと、私の歯に思いも寄らないことが起きました。
ある日、奥歯が…
私はもともと奥歯を食いしばる癖があったのですが、長年のそれに耐えきれなくなった左の奥歯が1本、真っ二つに縦割れしてしまったのです。
割れてしまった歯は修復不能で、抜歯することになりました。
さて、歯を抜いた後はどうするか…。
色々と考えた末、私はインプラントを選択しました。しかし、抜歯後すぐに手術へ進むわけではありませんでした。歯科医師に相談したところ、歯を支える歯槽骨が若干薄かったため、骨を足す手術をしてからインプラントを埋入したほうがいい、という話になったのです。
骨を足す手術をし、足した骨が周囲の骨としっかりくっつき、土台としての強度になるまで約半年。その期間、他の歯が動いて歯並びが悪くならないよう、歯を入れるスペースをきれいに保持できるよう、一時的に入れ歯を入れることになりました。
作ってもらった1本分の入れ歯は、小さくてとても可愛らしい形をしていました。けれど、入れてみると何とも言えない違和感を覚えました。
「使わないと他の歯が動いてしまって入れ歯が合わなくなっちゃうから、毎日忘れずに入れてくださいね」と、医師に言われました。しかし私は、この入れ歯と毎日を共にするイメージが全然つきませんでした。
入れ歯を装着してわかったこと
それから数日――私のストレスはマックスになっていました。
まず、食べ物が食べづらい。
金具を両隣の歯に引っかけて固定しているため、物を噛むたびに両隣の歯に負担がかかる感じがして、感覚的になんかイヤ。
だから、無意識に入れ歯でない右側で噛んでしまうのだけれども、そうすると一口で思うような量を食べることができない。
たまに入れ歯で噛んでみるけれども、どうしてか食べ物を食べている感じがしない。
それと、入れ歯と歯茎の間にめちゃくちゃ物が挟まる!
食事後すぐに口をゆすげる状況ならまだいいけれど、そうもいかないときは口の中がめちゃくちゃ不快。
たった1本歯がないだけだし、いっそ入れ歯なしで食事をしてみよう、と入れ歯を外してご飯を食べたこともありました。すると、噛んでも噛んでも食べ物が全然小さくならず、飲み込むのがとても大変だったのです。
たった1本の歯が、今まで私の咀嚼においてどれだけ重要な仕事をしていたのかを思い知りました。
私は徐々に「そのとき食べたいもの」ではなく、比較的咀嚼が容易な「食べるのが大変でないもの」を選んで口にするようになっていました。
食べたいものを思いっきり食べられないストレス…「もう入れ歯なんかやだ!」そう感じるたび、私の頭には食事中入れ歯を外してしまう、浦田さんの顔が浮かぶようになっていました。
この出来事から、私は入れ歯を外してしまう利用者、浦田さんへの声かけの仕方を改めて考えることになるのでした。(後編につづく)
イラスト/たばやん
畑江のつぶやき
食事中に「入れ歯」をつけて欲しいけれど…