兄がボケました~認知症と介護と老後と「第67回 アレが見つかりました!」
50代で若年性認知症を発症した兄のサポートを続けること10年、ライターのツガエマナミコさんは、介護にまつわる制度や支援の手続きを一手に担っています。最近は、叔父叔母が住むツガエ家の相続手続きも始まり、兄の成年後見人に立候補。落ち着かぬ忙しい日々が続いているマナミコさんが近況を綴ります。
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ややこしい仕組みを調べなければ
久しぶりに兄の用事で区役所に行きましたら、兄は、後期高齢者医療制度に加入することができると聞きました。「え?それ75歳以上が対象ですよね?兄はまだ67歳で…」と聞くと、「そうなのですが、お兄さんは精神障害者保険福祉手帳2級を持っていらっしゃり、65歳以上という条件を満たしているので、希望すれば加入することができて医療費が安くなると思います。ご検討ください」と教えてくださいました。
兄は現在、認知症に関する医療費は1割負担ですが、認知症以外の医療は3割負担。それが後期高齢者医療制度に加入すると、医療費全般が1割(所得による)になるそうでございます。
でも、そこに何か落とし穴はないのか?と疑っているのが正直なところ。後期高齢者医療制度に加入するということは国民健康保険から脱退することになるそうなので、国保だから受けられている支援や制度が受けられなくなるのではないか?など不安が過ります。
身近なことの中にも知らないことがいくらでもあって、知れば知るほどこの世の仕組みのややこしさがわかってまいります。まぁ、急ぐことではないのでゆっくり調べることにいたしましょう。
と、のんびりしていたらビッグニュースが飛び込んで参りました!
もう一生出てこないと思われていた「遺産分割協議書」がついに発見されました。
30年以上前、祖父が亡くなった際、祖母と子供たちで作ったはずの「遺産分割協議書」が、誰の手元にもなくて、司法書士さまに「作り直し」をお願いした矢先の急展開でございました。
今や認知症になってしまった叔父(祖父母の長男)が持っているかもしれないという疑惑はずっとあったものの、叔母(叔父の妻)がそれを探そうとすると断固拒否し続けた叔父。自分の物は一切触らせない頑固モードでござました。でもついに奥ゆかしい叔母の堪忍袋の緒が切れて、夫に逆らい部屋を捜索したところ、出てきたそうでございます。
わたくしが去年見た叔父の部屋は荒れ果てたゴミ屋敷でしたから、あの部屋から紙の書類を見つけ出せたことは奇跡だと思いました。長年の夫婦の勘だったのでしょうか。大事なものはこの辺に入っていると察しがついていたのでしょうか。ともかく見つかってひと安心でございます。
でもまだ最初の難関を一つ乗り越えただけでございます。叔父と兄に成年後見人を立てる件もまだ準備段階ですし、あのゴミ屋敷で要るものと要らないものを取捨選択する作業を思うとわたくしなら途方に暮れます。
叔母も82~83才。長男の嫁として祖父と祖母の世話をして、最期を見送り、これからも認知症の夫の面倒を見なければならないのですから、遺産は全部叔父と叔母にあげたいくらいですが、叔母は「法律どうりに進めるのが一番スムーズだから、マナミコちゃんとお兄ちゃんももらってちょうだいね」と寛大でございました。
ただ、あの土地に買い手がつくのかはわかりません。売れたとしても司法書士さまや不動産屋さまの諸経費や家の解体費用を差し引いたらいくらも残らないかもしれないのです。それでも叔母が老骨に鞭を打ち、立ち上がってくれたことは親族一同にとってありがたいこと。本来なら長男である叔父がとっくにやっておくべきことだったのですから……。
兄にも、つらつらとその話をしてみましたが、ほとんど目をつぶっていました。
「午前中、お風呂だったので疲れて横になっています」とスタッフのかたが言うように、ときどき目をあけるけれどもすぐに寝てしまう状態でございました。
それでも「おじいちゃんの家を売ることになったよ」とか「おじさんが頑固で、おばちゃんが苦労しているよ」などと独り言のように話していたら、「あ、そうか、そうなんだ」と相槌を打ってくれました。
帰り際、スタッフの方に「暖かくなってきたので今度車イスで外に出ませんか?」と声をかけていただきました。「いいんですか? ぜひぜひ!」と喜んだツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
