プロが教える在宅介護のヒント 在宅医・鈴木央さん<第1回>
地域包括ケアシステムの進展状況は、住まいのある地域によって若干の差があります。
例えば「自宅で最期まで過ごしたい」という希望がある場合、都市圏では医療・介護のチームケアを受け、希望を叶えることができる体制が整ってきていますが、地方の過疎地で、高齢者の人口が極端に多く、「限界集落(※注2)」などと呼ばれる地域では「医療・介護資源」が少ない場合もあります。しかし、地域包括支援センターなどに相談してみれば、なるべく希望が叶うよう配慮してくれます。そして、そのような地域は都市圏と比べて隣人同士の助け合い(自助・互助)のしくみが残っていて、在宅療養・介護・看取りができているところもあるようです。
地域差はあっても、在宅で穏やかに療養するために各家庭で備えておきたいことは同じです。
次の3つのことをしておくよう心がけましょう。地域住民の隣人である“町医者”の僕自身も実践していることです。
1 自立生活ができる期間を長く保つ
日本人の場合、平均寿命と健康寿命に約10年の開きがあります(男性9.02年、女性12.4年 2014年厚労省調べ)。健康寿命とは「自立した生活ができる期間」で、寝起きや移動、食事、排泄などが自分でできる期間のことです。つまり、亡くなる前の約10年間は自立した生活が困難になる人が多いのです。
医療や介護が必要になるのは、多くの人が避けられないことです。人生の最終段階では、自分でできていたことができなくなったとき、「もう生きていてもしょうがない」といった気持ちになるのは不自然なことではありません。そして、それは生活上の支援が十分にあっても起こることがあり、介護するご家族も、その精神的苦痛を癒すのは難しいのです。
自立していることが幸せの絶対条件ではないけれど、人生の最終段階の医療にかかわる立場としては、希望があるなら、全ての人がなるべく最期まで自立した生活が維持できるよう、何歳からでも主体的に健康づくりに取り組み、続けていくことが大切だと考えています。
やがて、年齢を重ねて医療や介護が必要になったときは、早めに治療やサービスを受けましょう。重症化を防ぐことが健康寿命を延ばすことになります。
2 「希望する療養の場」と「延命治療」について意思を伝え合っておこう
不測の事態は年齢にかかわらず起こり得ます。元気なうちに、どのような医療や介護を受けたいか、なるべく家族一同が揃う機会に話し合っておきましょう。僕も自分自身がどうしたいか考え、家族に伝えています。
患者さんが意思表示できない場合、ご家族に意思決定が委ねられます。患者さんの意思をご家族が理解していると、「本人が言っていた通りにしよう」と皆の考えがまとまりやすいのです。療養は自宅か、病院か、延命治療はするのかなど、具体的に伝える方がいいです。
しかし、意思を聞いていても、いざという段階では判断に迷うこともあるでしょう。そのような場合には医療や介護などの専門職が、専門的に援助することができます。
3 地域の「かかりつけ医」と顔見知りになり、家族、近所で支え合う関係をつくろう
ご家族が持病などの治療を受けている「かかりつけ医」と会ったことがありますか? 毎回でなくていいので、数か月〜半年に1度くらい通院に付き合って、「かかりつけ医」と顔見知りになっておきましょう。
その際、通院できなくなった場合、在宅で診てもらえるか確認しておくと、状況が変わった場合の備えになります。
「かかりつけ医」が在宅対応をしていなくても、そういう場合はどうするか、相談してみてください。
また、ご家族が親しくしているご近所さんと日頃から挨拶を交わし、互いにサポートし合える人間関係をつくっておくことが大切です。
認知症のお母さんの介護を、息子さん一人でしている場合などに多く見られるのが、お母さんが病気になる以前は、お母さんとのコミュニケーションが不足している上に、何事もお母さんに任せていたため、地域の人間関係も分からず、生活も家事も混乱してしまうというようなケースです。ご主人が一人で認知症の奥さんの介護をする場合にも、同じようなことは起こります。
そういった場合、介護のストレスが強くなり、心の病や虐待などの問題に発展する危険性もあります。しかし、日頃から地域の人と知り合っていれば、大抵の場合は誰かが助けてくれるのです。
近所づきあいや町会行事などはわずらわしいと思う人もいるかもしれませんが、自分に返ってくることとして、無理のない範囲で互助の関係を育てましょう。
働き方や暮らし方を見直すことが、介護や老後の備えになると気づき始め、行動する人は増えています。多くの人が、皆が助け合う社会は悪い社会ではないと思っているようで、地域包括ケアシステムの一端を担う市民活動も活発になってきました。
僕自身もある時期に働き方を見直し、家族と過ごす時間を増やし、コミュニケーションをとることを心がけるようになりました。勤務医時代など、仕事中心の生活をしていましたが、それでは「最期は自宅で迎えたい」と願っても、叶わないかもしれないと気づいたのです(笑い)。
「医者の不養生」ということもないように、趣味のバンド活動などを楽しみ、心身の健康づくりに気をつけています。そして地元のお祭りに参加して、健康相談コーナーでボランティアをする機会なども自主的にもっています。
外来で接するときは次の患者さんが待っていて、あまり余裕がない医者の顔ですが、イベントではフラットな関係で、ゆっくりおしゃべりできます。診察室では見られない患者さんの意外な一面を見ることもあって、地域住民の一人として交流を楽しみます。
僕は、少子高齢社会は地域の互助を取り戻すいい機会になると思っていて、今から心がけ、備える人が増えれば、心配し過ぎることはないと楽観しています。
次回は、在宅医療はどのような体制でサービス提供されるのかお伝えします。
※注1 在宅医療の対象は高齢者に限るわけではなく、障害者、障害児ほかも受けることができるが、本稿では高齢者の在宅での療養生活についてまとめた。
※注2 人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって社会的共同生活の維持が困難になっている集落。中山間地域や山村地域、離島だけでなく、都市圏にもある
鈴木 央さん:鈴木内科医院(東京・大田区大森)院長、一般社団法人全国在宅療養支援診療所連絡会副会長。都南総合病院の内科部長時代には在宅診療部を立ち上げ、在宅医療推進の必要性を実感。1999年、日本のがん緩和ケアの第一人者であった父の鈴木荘一前院長と共に「患者の生活を支える町医者になる」と決め、副院長に就任。同院はその数年前から内科、消化器内科、老年内科の外来診療の傍ら、認知症などがん以外の病気も含めて在宅療養を支える診療所として365日、24時間対応している。「長生きをするための情報はたくさんあるが、どのように最期を迎えるかは情報が少ないですね。皆で、穏やかに逝くためにはどうしたらいいか、考える時代に入ったと思います」。
取材・文/下平貴子