兄がボケました~認知症と介護と老後と「第53回 デフリンピックを観戦」
認知症の兄と二人で暮らした経験を振り返りながら、健康や介護、老後のことじっくり考えるライターのツガエマナミコさんが日常を綴るエッセイ。現在は特別養護老人ホームで生活する兄の面会を週一回ペースで続けているマナミコさんですが、今回は取材で知り合った人が出場するデフリンピックの応援に出かけたというお話です。
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秋のひとときを満喫
映画「爆弾」を拝見しました。
もちろん一人でございます。演者のセリフの応酬から目が離せないというか、気が抜けない2時間半作品でございました。特に主役の佐藤二郎さんは圧巻。ほとんど佐藤さんのセリフだと言えるほど尋常でないセリフ量を発し続けるのもものすごいのですが、その緩急や間の取り方が巧み過ぎて不気味すぎて、どんどん物語に入り込んでしまうのでございます。彼の言葉や仕草に隠されている手がかりや伏線を見つけ出そうとして、ずっと頭を使いましたし、ハラハラし通し。クイズのようでもあり、謎解きゲームのようでもあり、知らぬ間に集中させられて、まったく退屈を感じない映画でございました。
そういう意味ではかなり面白くはありましたが、自分にはないと思っていた偏った思考にハッとさせられるシーンもあり、見終わったあとはやや重い気持ちになりました。
そんな重い気持ちを払拭したのは、デフリンピックでございました。これが読まれるころには、もう閉会しておりますが、第51回で書いた通り、わたくしが2年ほど前に取材をさせていただいた聴覚障害を持つ大学生が、ハンドボール選手の一人として活躍しておりました。一瞬でも取材させていただいた方が日本代表として世界を相手に戦っていると思うと、なんとも誇らしい気持ちになりました。
わたくしが観戦したのは、11月17日の朝10時。3戦ある予選試合の真ん中、対ブラジル戦でございました。平日の朝は空いていると思っていましたが、予想に反して人が多く、端の席しか空いていませんでした。でも一人だったことで難なく座れ、しっかり観戦してまいりました。
実況アナウンサーが盛り上げてくれますし、拍手代わりのサインエールや「頑張れ!」という声援も飛び交って普通に賑やかな試合でございました。結果は24対27で負けてしまったものの、かなり白熱した試合で、もう少しで勝利できたと思うと悔しい限り。「まずは1勝」を掲げていた彼らにとって、あの試合がもっとも目標に近づいた試合だったと思われます。後日、予選敗退となりましたが、4年後の成長が楽しみでございます。
ハンドボールの試合後は、移動販売のハンバーガーで小腹を満たして、陸上競技の会場へ行きました。どの会場に入るのも無料で、一部の例外を除けば基本的に空いている席に自由に座れるシステム。人気で並ぶ会場もありましたが、たいていはフラッと入れる状態でございました。
陸上の会場はスタンドが広く、観覧に困ることはありませんでした。意外だったのは、選手や選手関係者が間近で一緒に観戦していたことでございます。さっきトラックを走っていた選手が、目の前を通るのにはちょっとびっくり。背中にスロベニアやウルグアイ、メキシコなどの国名が入ったジャンパーを着た人々が行き交い、あちこちで手話をする姿も見られた異空間でございました。
会場となった駒沢オリンピック公園総合運動場は、広大な敷地の中に陸上競技場やテニスコート、軟式野球場、室内球技場などが複数あって解放感のある気持ちのいいところでございます。ボランティアと思われるガイドさんがあちこちに立ってくださっていて、迷って困ることがないくらいに親切な会場だったことも印象的でございました。
この日は天候にも恵まれ、適度に暖かく、青い空に紅葉する木々を見ながらお散歩ができ、秋のひとときを満喫して帰ってまいりました。
と、原稿を書いている最中に、高校の友人グループLINEに「水泳の表彰式対応をしています」と、デフリンピックのスタッフジャンパーらしきものを着た友人の自撮り写真と大きなプールの写真が送られてきました。彼女は人助けやボランティアが大好きな人間で、デフリンピックの機会を逃すことなく、ちゃっかりスタッフになって活動しておりました。同時配信される動画に彼女の姿を発見して、一人興奮したツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
