兄がボケました~認知症と介護と老後と「第44回 不運が連鎖中」
フリーランスでライターとして働くツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と8年間の2人暮らしを経験しました。症状が進んだ兄は、昨年夏から特別養護老人ホームに入所中。週1で欠かさず行く面会で、兄の様子に一喜一憂するマナミコさんに近況を綴っていただきました。
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大雨、靴擦れ、お小言、靴崩壊…
取材の帰り、大雨で公共交通機関が乱れに乱れて難儀しました。
1時間で帰って来られるはずが、3時間の長旅になり、都会の電車の脆弱さを思い知りました。夕方にギュウギュウ詰めの電車に乗ったのは久しぶりのことでございます。
やっと動き出し、ノロノロギュウギュウのJR線から私鉄に乗り換える駅に着いたときにはホッとしたのですが、その私鉄がまさかの運休。駅の電光掲示板に「復旧の見通しはたっていません」との赤い文字を読んだときには驚きと絶望でしばし頭が真っ白になりました。
雨はとっくにあがっているのになぜか多くの路線が止まっている状態でございました。それでも少し待てば復旧するのではないかと、駅構内で待機する人がたくさんいたので、わたくしもしばらくぼうっとしておりました。「どう迂回すれば帰れるかしらん?」と考えたら、またノロノロギュウギュウのJR線に乗らなければならないと判明し、それは嫌だな~となっていたのでございます。
でも結局、待てど暮らせど私鉄が動き出す気配がないので、覚悟を決めて再びJR線に乗り、別の駅からなんとか帰って来た次第でございます。
家に着いてニュースを見ると、例の私鉄は運休のまま。3時間で帰ってこられたのはむしろラッキーだったと思いました。
この日は、カメラマンさまとの相性も悪く「何年やってんの、この仕事」と言わんばかりに半笑いで嫌味を言われて凹んでおりました。他人事だと「気にしなければいいじゃん」と申し上げてしまうのですが、3時間の長旅のあいだ中、ずっと引きずっている自分に気づき、「気にしなければいいじゃん」では済まないことなのだと実感いたしました。
こういうときに、つくづくフリーランスでよかったと思います。人間関係でネガティブな出来事があってもしばらく顔を合わせなくて済むからでございます。
会社員の方は嫌でも毎日同じ空間で一緒に仕事をするのですから、ストレスが癒える時間がありませんよね。わたくしが会社員だったらきっと何年も続きません。会社員の方々は本当に忍耐強いのだと思います。
それから2日後の本日もじつは、別のカメラマンさまにお小言をいただきました。
これこそ気にしてなくていいレベルの「カメラさまのぼやき」だとは思ったのですが、その新聞社で同じコーナーを9年やってきて、まだそんなことを言われてしまう自分って何?と考えさせられました。
おまけにその帰り道、新しい靴の右足だけが崩壊したのでございます。足の甲の部分と靴本体を縫っていた糸がほつれ、ガバガバになって、そう、文字通り「崩壊」という言葉がふさわしいほどひどい有様でございました。もう裸足で帰ろうかと思ったくらいでございます。
先日、新宿駅をさまよったときの新しい靴は靴擦れができ、近所の買い物用にしたので、つい5日前に、また新たに靴を購入したばかりでございました。
「今日だけ半額だよ~」という甘い言葉につられ、9000円が4500円になる魅力にうっかりお財布のひもを緩めた自分が愚かでございました。駅前の広場に現れる臨時の靴販売業者の商品で、買った場所はすでにタオル販売に代わっておりクレームも修理も不可。前回の新宿靴擦れ事件に続き、靴との相性の悪さに見舞われております。
糸さえほつれていなければ履き心地は抜群でしたので、悔し紛れに自分で縫って修理してみました。元通りとまではいきませんが、履けるようにはなりました。きっとそう長くはもたずにまた崩壊すると思いますが……。
台風明けに兄の面会に行きました。
変わりないことが何よりうれしくてありがたいことでございます。ただ改めて兄の手足を触るとガリガリに細くて、わたくしの肉と脂肪を分けてあげたくなります。入所から1年ちょい。兄が痩せた分、わたくしは太った1年でございました。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ