兄がボケました~認知症と介護と老後と「第45回 秋といえば何?」
長く、そしてものすごく暑かった夏がようやく終わりました。秋到来。「天高く馬肥ゆる」季節です。若年性認知症を50代で発症した兄(現在は66才)を長らくサポートしてきたライターのツガエマナミコさん、兄が施設に入りようやく自分のための時間を過ごせるようになった近況と心境を綴ってくれました。
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香り松茸、味しめじ
ある朝、窓を開けたら急に冷気が入ってきて驚きました。窓の外には蒸し暑い空気しかないと諦めてきたこの夏にも、とうとう終わりがきたのだと思い、地球イヤ宇宙の営みはまだ一定の規則に則ってちゃんと回っているようだと胸を撫でおろしました。
そんな宇宙の営みによって、今年もやや遅まきながらではありますが、日本の秋がやってきました。
秋といえば食欲の秋。今年は秋刀魚が豊漁だと聞き、スーパーマーケットで秋刀魚を物色したところ、1匹300円もしていて「これが豊漁価格?」と文句を垂れて買わずに帰って来たツガエでございます。
秋刀魚の他にも、秋が旬のものは山のようにございます。栗、南瓜、薩摩芋、葡萄、梨、柿など……。この辺りは毎年我が腹の中に納まり、ツガエ肥ゆるのでございますが、滅多なことでは口に入らないのが、王者・松茸さまでございましょう。「香り松茸、味しめじ」と言われるアレでございます。
亡き父が現役サラリーマン時代は、お届け物としていただくことがありまして、年に1~2回、焼き松茸にして細~く細~く裂いて家族でありがたく食したものでございます。「松茸は香りを楽しむものだから」というその味は、ほぼ絞ったすだちだったような気がいたします。
お中元が届かなくなってからは、稀に「土瓶蒸し」の中の松茸をいただくくらいで、自分で松茸を買うことなど、これまでもこれからもおそらく一生ないと存じます。
しかしながら、しめじは年がら年中スーパーマーケットに売っていますし、購入してもおります。お手頃価格の上に、味はしめじの方が美味しいのだからこんな良いことはないではありませんか。
ただ、かねがね疑問に思っていたのでございます。「本当に味はしめじなのか?」と。
松茸は確かに香りが上品でよろしゅうございます。好き嫌いはあるかもしれませんが、わたくしは「永谷園のお吸い物」でもいいから時々嗅ぎたくなる派でございます。でもそんな松茸の香りに匹敵するほど、しめじの味はおいしいかと問われると首をかしげるしかございませんでした。
しかしながら今朝、ついにその謎が解けたところでございます。
「香り松茸、味しめじ」のしめじは旨味に満ちた「ほんしめじ」であり、一般的な「ぶなしめじ」とはまったく別物だったのでございます。10年前の書籍ですが、『日本の七十二候を楽しむ―旧暦のある暮らし―』(東邦出版)によると「ほんしめじは、広葉樹やアカマツなどの林に自生する野生種のこと。よく出回っているのは、ぶなしめじで種類が違います」と書かれております。
わたくしは「ぶなしめじ」と「ほんしめじ」の違いも知らず、同じものだと思い込み、しめじの味に首をかしげておりました。62歳でこれを知るとはなんという未熟者。
ほんしめじの旬はちょうど今頃。こうなったら「味しめじ」と称される味を購入してこなければ!と思ったのですが、野趣あふれるほんしめじは、もはや希少らしく、高級料亭でしかお目にかかれないご様子。
すこし調べたところによると「大黒本しめじ」なるものが、雪国まいたけを世に送り出したと言われるユキグニファクトリー株式会社(元株式会社雪国まいたけ)さまの開発で市販されているようなので、せめてそれでもいいから味わってみたいと思っているところでございます。近所の格安スーパーマーケットではお見掛けしないので、少し足を延ばしてでも、この秋には食そうと目論んでいるところでございます。
ちなみに「しめじ」は漢字で「占地」や「湿地」と書くそうで、およそ食べ物には思えないのでひらがなやカタカナ表記が多く使われているようでございます。文字通り湿った地面に育ち、辺りを占領してしまうほど密集して広がることからこの字があてられたようでございます(諸説あり)。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ