倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.89「愛される喜び、愛する喜び」
倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さん(享年56)はすい臓がんが発覚し「悪ければ6か月、もって1年」の余命宣告を超えて生き続け、2024年2月に旅立った。それから1年半以上の時が経ったある日、夫が夢に現れて――。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。著書『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)など多数。最新著『夫が「家で死ぬ」と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』(小学館)が9月26日に刊行予定。
夫の夢を見た日のこと
久しぶりに夫が出てくる夢を見ました。
お店で待ち合わせて、夫と会うというシーン。ちょっと先に入店して行った男性の髪の影で、あ、今の夫だと分かりました。なぜか一緒に暮らしていない設定になっていて、夫の余命がわずかということは共有しながら、同じテーブルについた夫と話しました。
何を話したのかは覚えていないけど、起きた時に目に涙が溜まっていて、夢の中で泣いた感覚がありました。
その日の昼、一緒にお昼を食べに行った友だちにその話をしました。
「夢の中でも、夫に会えたのは嬉しいよ。起きたらやっぱりいなくて、悲しいんだけど」
「いいなあ。そういうパートナー、私もほしいな」
彼女は独身の40代で、大手企業に勤めて生活は安定しています。ずっと自由な独身生活を満喫していましたが、最近になってパートナーが欲しくなってきたそうです。
「そういうって、どういうパートナー?」
私が聞くと、彼女は「私を愛してくれる人」と答えました。
「誰かに大事にされたい。寄りかかりたいし、愛されたいの」
それを聞いた時、私はあまりピンときませんでした。私は「夫に大事にされてるなあ」とか「愛されてるなあ」なんて、あんまり考えたこともなかったから。でも、確かに「愛されたい」という女友だちは他にもいるので、そんな「愛を注いでくれるパートナー」の存在に憧れる人は少なくないのかもしれません。
「いつも一緒にいたいわけじゃないの。一人の時間は大事だし。でも寂しい時にはそばにいて欲しいし、落ち込んだ時は慰めてくれたり、そういう人がいいな」
彼女の理想の恋愛をじっくり聞きましたが、やっぱり私にはピンときませんでした。
私は、パートナーが夫だったことがとても幸せだったし、だからいなくなった今、大きな喪失感を抱えています。でもそれは夫に愛されていたからというより、私が夫を愛していたから、私が夫のことが面白くて楽しくて大好きだったからです。
「愛される喜び」と「愛する喜び」
「愛される喜び」って、受け身の感情です。他者からのアクションがあって初めて発動する感情です。
「愛する喜び」は自分の中から湧き出る、自分発信の感情です。相手がどこを向いていても、自分だけで育むことができる感情です。
どちらも嬉しいものだけど、圧倒的に後者の方が確かで、力強い感情だと私は思います。
愛されることを求めるのもいいけど、自分がまず大好きになれる人、そんなパートナーが最高なのになあ、と友だちには一応話してみましたが、私の話は彼女にはいまいちピンときていないようでした。
ランチの後、友だちと別れて一人帰途に着きました。夫の夢を見た日は涙もろくなって、些細なことで泣けてきてしまいます。しかも夫の話をしてしまったものだから、家に向かう道まで自転車を漕ぎながら、同じように夫の背中を見ながら家路についていた日々を思い出して視界がぼやけました。
夫がいなくなって一年半以上、今でもメソメソしてしまう私。もし私ではなく夫のほうが生きていたら、夫は私のことを思い出すことなどほとんどなく、もちろんメソメソすることなどまったくなかっただろうなあ、と毎回思います。