映画監督・信友直子さんが語る“93歳父による85歳母の老老介護を撮り続けた理由”と“介護の現実”「お年寄りは頑固。老老介護こそ介護サービスを使って」
2018年に動員20万人を超える大ヒットを記録した、認知症の母と支える父を撮影したドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』は、一人娘である信友直子さん(63歳)が監督・撮影・語りを務めた。ドキュメンタリー映画としては異例の25万人を動員し、4年後には続編も公開された。なぜ両親の老老介護を映画にしたのか、信友さんに聞いた。
認知症になった母の一言で、撮影を再開
――ご両親を撮影し始めたきっかけを教えてください。
信友さん:私はテレビディレクターという仕事柄、いつも家庭用のビデオカメラを持ち歩いて、何かあった時にはすぐに撮影していたんです。だから実家に帰った時も、両親の食卓や散歩をする風景を撮影して、家族で鑑賞して楽しんでいたので、その延長で。
だから逆に、母が認知症になってからは撮っていない時期もあるんです。母に認知症の症状が出始めたのが2012年ですが、その年から1年くらいは撮影していません。おかしな言動をする母を記録してしまったら、かわいそうだと思ったんです。
それに気づいた母は、一緒に台所に立っている時に「あんた最近、家の中でカメラ回さんけど、お母さんがおかしゅうなったけん撮らんようになったん?」と聞いてきたんです。自分がこういう病気になったから、家族の楽しみを奪ってしまったのかと気にしていたようで。だから、お母さんがいいんだったらということで、撮影を再開しました。
ホームビデオが映画になったわけ
――撮り続けたものを映画公開するに至ったいきさつは?
信友さん:認知症の貴重な記録を撮影している自覚はありましたが、世に出すにしても母が亡くなってからだと考えていました。けれども、たまたまその映像を見たフジテレビのADがテレビの企画として提出して、私の知らないところで企画が通っていたんです。
突然プロデューサーから電話がかかってきたので驚きましたが、両親の快諾を得たので、2016年に『Mr.サンデー』(フジテレビ系)という情報番組のコーナーで流しました。そうしたら、びっくりするぐらい反響があったんですね。きっと視聴者の皆さんはご自身の親御さんに重ねられたんだと思いますが、すごい数のメールが来て、だったら続編を作ろうかという流れになりました。
ホームビデオのつもりだったのが、そこからは私も本腰入れて撮り始めて。何度か放送したので、2時間のドキュメンタリー番組としてまとめ、その放送を見てくれた映画関係者が声をかけてくれたんです。だから私としては、映画になるとは思っていませんでした。
――放送することになってから、撮影方法は変わりましたか?
信友さん:今までは実家に帰ってきた娘と両親という3人の関係でしたが、私がいないときの両親2人の生活を中心に撮影するようになりました。例えば、父が買い物に行って、重い荷物を持って大変そうなシーンも、テレビになることが分かってから撮れたものです。
父にしたら、若い頃に持てたからと重い物をたくさん買っちゃうんですよね。私がいないときは買い物も大変なんだと気づいて、すぐに手押し車を購入しました。撮影の視点を変えなければ、それに気づかなかったと思います。
それに、テレビや映画を見た友人に「信友のお父さんみたいな人と結婚したい」「かっこいいよね」と言われて驚きました。娘としてはそんなこと思ってもいなかったので。けれど、改めて分析していくと、父がなるほどいい男だと実感できたので、それも映画にしてよかった点です。
老老介護こそ介護サービスを使ってほしい
――老老介護には、どのような問題があると感じましたか?
信友さん:とにかくお年寄りは頑固で、家の中に他人を入れたくないし、「伴侶の面倒は1人でみます」という人がものすごく多いんです。それでは介護をするかたもされるかたも、お互いに消耗してしまうので、介護サービスを使っていただきたい。
「認知症」はかつて「痴呆」と呼ばれ、2004年に厚生労働省によって言い換えられましたが、「ボケ老人」は偏見の目で見られていた時代がありました。だから周囲に知られたくないという高齢者は今でもいますし、そのイメージは私にも少なからずありました。
うちも介護サービスを受けるようになったので、どうせバレると思って、ご近所さんに母の認知症のことを伝えたんですね。なにかあったらお願いしますと。そしたら、みなさん優しくって。いまや人生100年時代で、誰でもなるかもしれないのだからお互いさまだって。偏見はなくなってきたんだな、時代は変わったなって思いました。
――広島で暮らす現在104歳のお父さんに願うことは?
信友さん:1年の4分の3は父と一緒に暮らしていますが、逆に言えば3か月ほどは一人暮らしです。母の時にお世話になったというのに、父は介護サービスを嫌がります。私がいないときには友人が父のサポートをしてくれるので助かっていますが、まだ要介護1とはいえ心配です。
父は、外出時には怪我防止のために車椅子を使っていますが、家の中では自分の足で歩いています。今でも1人で歩けるのは、家のリフォームをしなかったおかげもあると思います。手すりもないし、土間に補助階段を置いたのに、父はそこを迂回してしまって(笑い)。
段差があるからこそ足腰を使うので、筋力が保たれているのかもしれません。それにリフォームで模様替えをすると、慣れ親しんだ家と変わってしまうから、徘徊のきっかけになることもあるそうです。リフォームするべきか問題は悩ましいですね。
現在、日本最高齢の男性は111歳です。せっかくだから、これからも父には元気で長生きしてもらって、日本最高齢になってもらいたいですね。
◆映画監督、TVディレクター・信友直子
のぶとも・なおこ/1961年12月14日、広島県生まれ。2009年、自らの乳がん闘病記録『おっぱいと東京タワー~私の乳がん日記』でニューヨークフェスティバル銀賞、ギャラクシー賞奨励賞などを受賞。2018年に発表した両親の老老介護の記録映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』が大ヒット、文化庁映画賞文化記録映画大賞などを受賞。2022年には続編映画も公開した。現在は、104歳になった父と呉市の実家で同居しつつ、講演会で全国を飛び回っている。
撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香