健康

脳に効果的な運動は「低強度の運動を頻回に」というのが最良

 誰しも、なりたくて認知症になるわけではありません。でも、自分、あるいは親がその当事者になる可能性はある。その可能性を回避するために、今からできることは? さまざまな方法を、識者に尋ねます。

 今回は、運動が脳に与える影響、とくに海馬と運動の関係を研究している首都大学東京の「スポーツ神経科学研究室」准教授・西島壮さんにお話をうかがった前編、効果的な運動についてです。

 * * *

運動をすれば海馬のサイズが大きくなる

 私たちは、運動が、脳の中でも「海馬」という部位に対してどのような構造や機能の変化をもたらすかを、ネズミ(マウスやラット)を使って研究をしてきました。

 海馬は、脳の中でも記憶や学習に関与する大切な部位。アルツハイマー型認知症の患者さんでは、海馬が萎縮していることが知られています。我々は、認知症の専門家ではありませんが、運動がこの海馬に与える影響を調べることで、認知症の予防につながるヒントにつながれば、と考えています。

 あまり一般になじみのない基礎研究ですので、具体的なやり方を紹介しましょう。

 ラットやマウスを回転ホイールのついた飼育ケージの中で輪回し運動をさせたり、「トレッドミル(人間がジムでランニングをやるようなベルトコンベヤー式のマシーン)」で走らせたりします。その脳を取り出して調べると、海馬で新しい神経細胞が生まれていることがわかりました。少し前までは、大人になると脳の神経細胞は増えないというのが定説でしたが、それが完全に覆されたということです。これは、もうずいぶん前に確認された事実です。

 加齢やアルツハイマー型認知症では、海馬の神経細胞が減少することにより記憶に問題が生じます。逆に、運動によって海馬で新しい神経細胞が生まれるということは、アルツハイマー型認知症などの予防・治療や、加齢に伴う認知機能の低下を抑制するのに、運動が有効である可能性を示唆している――ということで、ネズミでの基礎研究が始まってから約20年。現在では人を介入させた研究も本格化しています。

 たとえば、人を運動する群としない群に分けて、脳の状態を調べる研究があります。運動をする群では、海馬のサイズが大きくなる、新しく神経細胞が増えるということが確認されていて、このことは、ここ数年で、研究者の間では当然の事実として捉えられています。

とにかく運動を始めることに意味がある

 運動が海馬の神経細胞に良い結果をもたらすとわかったとしたら、次のステップとして、どんな運動が効果的なのか、が気になるところですよね。しっかりやらないと海馬には効果がないのか、ちょっとした運動でもいいのか、という運動の条件「強度」についても研究が進められています。

 現在のところ出ているのは、ものすごくキツイことをやればやるほど効果が上がる、というわけではないということです。キツイといわれる運動は、ある意味ストレスになります。すると、せっかく運動が良い効果があるはずなのに、思ったような効果が得られません。また、たとえ運動の強度が低くても海馬の神経活動が活性化することから、低強度運動でも十分に運動の効果は得られると考えています。

 運動の効果を考えるスケールとしては、「強度・時間・頻度」。この組み合わせのバランスで考えます。現在出ているのは、「低強度の運動を頻回に」というのが最も良さそうだということです。

 具体的には、ジョギングなど軽めの有酸素系運動を、週に3回以上、行うことが良さそうです。回数が多い方が効果は得られますが、決して毎日やらないと効果が得られないというわけでもありません。また、強度を上げれば時間は少なめに、軽いものなら時間を少し長く、とバランスをとることも大切です。

 もちろん人それぞれ体力には個体差がありますので、一概にどこまでがOKでどこからがやり過ぎ、というような線引きはできません。私のイメージとしては、ちょっとでも、とにかく運動を始めることに意味がある、そんなに一生懸命ハードなことをやる必要はぜんぜんないんだよ! ということを伝えたいと思っています。

 とはいえ、体を動かすことが良いことだとは、皆さん重々わかっていること。それでもやれていない、というのが現実ですよね。「運動は良いですよ。やってください」と訴えるだけでは限界がある。そこで新しいアプローチとして、私のラボでは「やらないとどうなる?」というリスクを明らかにする研究を始めました。

 この「運動しないリスク」について、次回、詳しくお伝えしたいと思います。

認知症スポーツ_西島1-4

西島壮(にしじま・たけし)/首都大学東京大学院人間健康科学研究科ヘルスプロモーションサイエンス学域准教授。博士(体育科学)。日本体力医学会評議員、日本神経科学会会員。1978年長野県生まれ。筑波大学大学院体育科学専攻修了後、スペイン・カハール研究所/神経可塑性部門等の研究員を経て首都大学東京へ。バドミントンの競技者としての戦績も多数。子供時代、「バドミントンのせいで勉強ができない」といった言葉を聞くと、自分の大好きなバドミントンが言い訳の材料にされたようで悔しく、運動と脳の関係を研究するきっかけになったそう。

撮影/相澤裕明 取材・文/小野純子

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