倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.69「在宅緩和ケアという選択肢」
漫画家の倉田真由美さんの夫で映画プロデューサーの叶井俊太郎(享年56)さんは、すい臓がんの闘病中に経験した度重なる手術や痛み、不自由な入院生活から、「最期まで自宅で過ごす」と決めた。夫の決意を妻の倉田さんはどのように受け止め、支えたのだろうか。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新著『抗がん剤を使わなかった夫』(古書みつけ)が発売中。
夫の希望「最期まで家にいる」を受け入れるまで
先日、試写会で『ハッピー・エンド』という映画を観ました。患者の家庭を往診する医師の萬田緑平さんを中心に、彼の患者たち、その家族たちに密着取材した「在宅緩和ケア」のドキュメンタリーです。
緩和ケアというと、どうしても緩和ケア病棟をイメージする人が多いかもしれません。実際、夫のがんが進行するまでは私もそうでしたし、夫もそうでした。だから夫はがんが判明してしばらくの間は、
「最期はホスピスだっけ、病棟入りたいな。痛いの嫌だし、ココ(娘)にも心配させたくないし」
と話していました。私も夫の希望を受け入れたかったし、そもそも自宅でがん患者を最期まで世話をするなんて自信が持てなくて、「うん、分かった。そうしよう」と緩和ケア病棟の情報を集めたりしていたくらいです。
でも、夫は1か月近くにわたる入院に懲りたため、「最期まで家にいる」ことを決めました。私もそれを支持し、受け入れました。
不安はあったけど、時間が経つにつれ夫が手に届くところからいなくなるのはもっと不安になっていました。私の目が届かないところに行かないでほしい、娘とだって少しでも長く一緒に過ごしてほしい、そう思うようになったのです。
ドキュメンタリー映画『ハッピー・エンド』に出てくるがん患者さんたちも、最初から自宅で最期を過ごすと決めていた人ばかりではありません。そして夫と違い、標準治療である抗がん剤治療をしていた人がほとんどです。
でも途中で、「治療はやめて、痛みをとること=緩和ケアだけをしていく。いつ死んでしまうか分からないけど、それまでは家で家族と今まで通り、好きなことをして過ごす」という選択をされたかたがたの、最期に至るまでのそれぞれの家族の物語です。
「在宅緩和ケア」という選択肢
夫も恐れていた「痛み」をとることは、在宅でだってできます。「緩和ケア」は病棟に入らずとも可能だということを、多くの人が知らないのが現状です。
「俺、ここで死にたい。ダメ?」
病棟に入らないと決めた後のとある夜、いつもの座椅子に身体をもたせかけた夫がポツリと言いました。ダメなわけないのに、あえて念を押すかのように。ダメなわけないでしょ、ずっと私がそばにいて面倒みるからねと答えました。
この約束を守ることができてよかった。
「家で死にたい」という夫の希望が叶ってよかった。
在宅死は日本では圧倒的少数派です。「最期まで家で過ごしたい」という人がその望みを叶えられるよう、「在宅緩和ケア」という概念が多くの人に知られ、選択の幅が広げられるようになったらいいなと思っています。
■映画『ハッピー・エンド』(4月18日~シネスイッチ銀座ほか全国順次公開予定)