「90代の母の通院介助が大変」<在宅医療>にいつから切り替えるべき?活用法を専門医に直撃
足腰が衰え通院が難しくなってきた90代の母のため、「在宅医療」を検討しているR60記者。在宅医療とはどんなものなのか?通院から切り替えるタイミングやメリットなどについて専門医に伺った。
教えてくれた人
医療法人社団「貞栄会」理事長 医学博士 内田貞輔さん
2015年32才の若さで静岡市に静岡ホームクリニックを開院。翌年、医療法人社団「貞栄会」を設立し理事長に就任し、東京・千葉・名古屋・横浜にもクリニックを開設。「動く総合病院」という独自のコンセプトを掲げ、看取りを重視した質の高い医療の提供に尽力している。動画配信、ラジオ出演、ブログなどを通して、在宅医療の普及活動にも取り組んでいる。著書『家族のための在宅医療読本』(幻冬舎メディアコンサルティング)など。https://teieikai.com/
通院が大変になってきた90代の母
2か月に一度の通院がタクシーを使っても厳しくなった記者の母(90代)。体を支えても座席への乗り降りの際、足の上げ下ろしができずに一苦労だ。
さらに、大きな病院では待ち時間も長く、移動も多い。帰りに薬局に立ち寄り無事に母を実家に帰すまで付き添う記者(60代)も、疲れ果ててしまう。そこで、訪問診療の存在を知り、検討してみることに。
在宅医療の基礎知識
「在宅医療の中のひとつに、訪問診療があります。
通院が困難なかたや退院後の慢性疾患などで療養が必要なかたの自宅や施設に医師が定期的に訪問し診察を行います。対象となるかたであれば、年齢を問わず医療保険(健康保険)で利用することができます」
こう話すのは、在宅医療の専門医として地域の人々に寄り添う訪問診療などを提供している内田貞輔さん。
内田さんのクリニックでは、24時間体制で訪問診療や往診などの対応を行っている。診療の合間をぬってお話を聞かせてもらった。
在宅医療のメリット
「体が弱った高齢者や病気で介護が必要になったかたにとっては、多くのメリットがあります。無理に病院に行かなくても、診察、薬の処方もしてもらえるので、体への負担や時間が軽減できます。
薬は訪問薬局から届けてもらえ、大きな検査が必要になったとしても連携した病院につないでもらえます。
また、医師から病気の原因となりそうな生活習慣や環境の改善のアドバイスも受けられるので、病気・介護予防にも役立ちます」(以下、内田さん)
【在宅医療を利用できるおもな対象者】
・ひとりで通院が難しくなってきた人
・在宅で緩和ケア・看取りを希望する人
・退院後や慢性疾患などで療養が必要な人
【在宅医療のメリット】
・住み慣れた環境で療養ができる
・医師や看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなどプロが連携してサポート
・生活習慣を見直し病気・介護予防に役立つ
・本人・家族にとって負担の大きな入院を極力減らすことができる
・希望によりご自宅での看取りにも対応
なお、病状が悪化や不安なときには、往診として24時間365日対応する場合もある。
生活環境や習慣も見極めることができる
「在宅医療は、寝たきりや余命がわずかになったかたが利用するというイメージを持っている人が多いのですが、病気・介護予防に役立つとして期待されています。医師が家にあがらせてもらうことで、患者さんの生活環境・習慣を知ることができるため適切なアドバイスが可能です。
例えば、糖尿病の患者さんのご自宅に伺うと、食卓に菓子パンがたくさんあったりするんですよ。いくら病院で適切な薬を処方していたとしても、家に帰って血糖値が上がりやすい食べ物をたくさん食べていては治りませんよね。
そういう場合には、『デイサービスに行ってみたら?』などと具体的なアドバイスをしています。
デイサービスなどの通所施設に通い、栄養管理された昼食を食べたり、軽い運動をしたりすることは、糖尿病対策にもなります。病気の8割ぐらいは、生活習慣を見直すことで改善されると思います」
在宅医療を受けるための費用は?
訪問で診療してもらうと高いのでは?
「費用は、医療保険を利用して月2回で約7000円(1割負担時)です。月1回の通院が1000円ほどだとしたらそれに比べると確かに高いですが、病院まで行く交通費・時間・労力を考えてみてください。診療費以外の負担がかかっていないですか?」
在宅医療にかかる費用は、「医療費」、「介護保険サービス費」の2つ。自己負担額は年齢や収入などによって変わるが、どちらも1~3割負担。
「医療や介護の内容によっても違いますが、たとえ高額になったとしても限度額を超えたら払い戻せる制度※もあります。例えば、医療保険で1割負担のかたは、1か月の上限が1万8000円とされています」
記者の母の場合、1回の病院代は検査などがなければ診療代は500円ほどだが、通院のためのタクシーが往復で約3000円、サポートする記者の実家への往復の交通費、約2000円を加味すると5500円はかかっている。
長時間になる時や自分が付き添えない場合は、民間のヘルパーを頼んでいるが、3時間で約1万円かかる。
確かに、時間や労力を考えると、在宅医療を選択した方が負担も少なくリーズナブルかもしれない。
※厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000209890.pdf
「一般的に、日本は病気にならないと医師に会えないですよね。在宅医療で伺う約8割のかたは症状が安定していますので、我々がご自宅に伺っても世間話が多かったりします。
でもこの世間話がとても大切なのです。『自宅で最期まで過ごし、この先生に看取ってもらいたいな』と思える信頼関係を作ることが、私たちの最大の目標だと考えます」
在宅医療を依頼するタイミング「自力で通院不可能なとき」
「在宅医療を受けられる対象者には、基準があります。それは『自力で通院が困難なかた』です。
多くのかたがその基準より相当重くなってから、在宅医療を開始されます。
(記者の)お母さまの場合、公共機関を使ってひとりで病院に行けない・移動ができないという状況ですから、通院ではなく訪問診療にしていただいて良いと思いますよ。そもそも通院からの“切り替え”という考え方ではなく、もっと早い段階から依頼して良かったんですよ。
ご本人がしっかりされていても、移動以外にも会計・薬局で薬をもらうなど、ご家族などのサポートが必要な場合、在宅医療を検討するのがいいでしょう」
また、障がいがあるかたなども適応となるそうだ。
【在宅医療を利用するタイミング】
・自力で通院できなくなったとき
・介護保険を申請したとき など
在宅医療では生活環境を確認できる
「ご自宅に訪問させていただくことで、ご本人やご家庭の環境を医師が見ることができます。
部屋の中でここに手すりがあった方が転倒しにくいのではないかといった、生活するうえでのリスクを見つけ、対処法をアドバイスさせていただくこともあります。
医師には、何でも相談してください。治療法などもこういう方法があるけれど、どちらに進むのか、ご本人はどうしたいのか、ご家族の考えはどうかなどと相談して決めていけるのです」
診療クリニック・医師を選ぶ基準
信頼関係が築ける医師は、患者や介護する家族にとって心強い存在だが、先生を選ぶことはできるのだろうか。
「訪問範囲は、クリニックより半径16キロと決まっています。現在は、紹介で依頼されることが多いのですが、今後は患者さんが在宅医療の先生を選べるようになるかもしれません。
病院の先生は、合わないと思ったらその病院に行かないという選択もできますが、在宅医療の場合は、医師のほうが来るわけなので、相性も大切ですよね」
実例「本来の生活を取り戻すことができた」
「ある日、病院のリウマチ科に通っていた患者さんのご家族から訪問診療をご依頼されました。薬が合わずにやめて1~2年経ち、症状が悪化し、自宅の2階から降りられなくなってしまったとのことでした。
我々が介入させていただいたところ、処方した薬が効き、半年ほどで良くなられました。すると、生活の活動範囲がみるみるうちに広がっていきました。
2階から1階へ降りられるようになり、台所に立てるまでに回復されました。ご家庭の主婦として、ご自分の居場所に戻れたと喜んでいらっしゃいました。
元々はピアノの先生をされていたのですが、何年かぶりに好きなピアノも弾けるようになられました。その後、順調に回復されて、当院の外来に頑張って来られたときが、数年ぶりの外出とのことで、ご家族も感動されていたと思います。
このケースは、シンプルなリウマチの治療をしただけなのですが、以前通院されていた病院では、『薬を変えた方がいいのか』『本人はどうしたいのか』といった相談ができていなかったのかもしれません。
症状が回復したことに加えて、何よりご家庭の中でご自身の役割を取り戻せたこと、母親としてできることを取り戻せたことが大事なんです。在宅医療で大切にしているのは、本来の『生活を取り戻す』ことなのです」
在宅医療の依頼の仕方
訪問診療をはじめとする在宅医療を依頼する場合、住んでいる市町村の地域包括支援センターや介護サービス事業所などで相談するといいとのこと。
通院・入院している場合は、病院の相談窓口に聞いてみるといい。
「在宅医療は、地域の医師、看護師、医療ソーシャルワーカー、薬剤師、栄養士、歯科医師・歯科衛生士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ケアマネジャー、ホームヘルパーなどとスタッフ、そして患者さんとご家族や周囲の人など多くのかたたちが、1つのチームとなって患者さんを支えるものです。ためらわず利用を検討してみてください」
早速、記者は既に利用していた訪問看護の看護師さんに相談し、医師を紹介してもらった。
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最初は自宅に医師が来ることをためらっていた母だが、月2回の訪問を楽しみにするようになった。お気に入りのソファーにくつろぎ、医師と向き合う母は、昔話などのおしゃべりが止まらない。その姿を見て、在宅医療のありがたさを感じた。
写真提供/医療法人社団 貞栄会 取材・文/本上夕貴
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