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犬や猫と共に暮らせる“特養”に密着した本が話題!「こういう施設があることみんなに知ってほしい」著者の熱い想い

 犬猫と暮らせる特別養護老人ホームとして、NHKの番組などメディアでも紹介され、今、注目の「さくらの里 山科」。この施設に密着し、そこで起こった感動の記録を綴った一冊『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』は、ベストセラーとなった『盲導犬クイールの一生』の著者・石黒謙吾さんの新著だ。瞬く間にSNSや新聞の書評などで取り上げられ、話題となっている。石黒さんに、この本に込めた想いや実際に取材した施設の様子をお話しいただいた。

テレビ番組をきっかけに本の制作がはじまった

『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』が刊行されたのは今年の9月。石黒さんが本書の制作を思い立ったのは、1年前の2022年9月のことだった。

「遅い夕食の後にテレビを観ていたら、NHKのドキュメンタリー番組の再放送がはじまったんです。神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム『さくらの里 山科』と、そこで暮らす犬・文福を追った番組でした。その放送を見て、『人間の死を看取る犬がいる』ということ、たくさんの犬や猫が入居者と一緒に暮らしていることを知りました」

 石黒さんは『盲導犬クイールの一生』以外にも多数の著作がある著述家でもあり、これまで280冊もの本のプロデュース・編集を手がけてきた編集者でもある。「このホームのことを本にして残したい」という強い想いに駆られた。

 翌朝、早速「さくらの里」について、ネット検索したところ、たくさんの記事が見つかり、施設長である若山三千彦さんの著書もあることを知る。

「はたして、新たな本を作る必要があるのかと、少し迷いました。しかし、僕自身がこれまでこの施設の取り組みを知らなかったわけだから、まだまだ多くの人に知ってもらえる機会があっていいのではないかと考えました」

 石黒さんは、すぐに施設に連絡を入れたという。

「若山さんと電話で話し、その場で(本にする)快諾をいただきました。2022年9月27日に打ち合わせと撮影で施設を訪ね、10月には午前10時から夕方5時までの長時間の撮影と取材を3回行い、その後も今年の2月と6月の2回、撮影にうかがいました」

 本書は見開きごとに文章と写真が交互に掲載されている。石黒さんが施設に行った際はほぼ写真の撮影だったという。

「本のつくり方としてはイレギュラーかもしれないのですが、入居者の方の心身的な事情もあり、直接お話を聞くことはほとんどしていないんです。施設や入居者の方に関するお話は若山さんからうかがうことにして、取材時には写真を撮ることと、感じたことをメモすることに集中していました」

 掲載されている109点の写真はすべて石黒さんが撮影したものだ。

「カメラマンさんにお願いすることもできましたし、その方が技術的には優れた写真を残すことができたと思います。でも、今回は僕が『撮りたい!』と思った瞬間の写真を残したいと思ったんですね。9月の打ち合わせの時に少し撮影させてもらったら、イケるなと手ごたえがあったものですから、自分で撮影することにしたんです」

一枚一枚の写真に物語がある

 入居者も犬も猫も眠っている時間が多く、午前10時から夕方5時まで8時間前後の取材中、1時間以上撮影しないこともあったという。逆に、心の琴線に触れた場面では続けざまにシャッターを切った。石黒さんにとってはどの写真も思い入れが深い。

「本文最初の見開き(12~13ページ)の文福の写真は、なんと1枚目に撮ったものなんです。若山さんとの打ち合わせが終わって居住スペースに入った時にサッと撮った写真なのですが、文福も入居者もすごくいい顔をしていますよね」

 人の人生と同じように、「さくらの里 山科」の犬や猫たちにもそれぞれの物語がある。文福は入居者の死期を悟る犬で、何人もの入居者の最期を看取ってきたという。
「入居者の方と一緒に写っているものでは、文福が額を舐めてあげているもの(21ページ)が好きですね。実はこの場面ではいい写真がたくさん撮れたんです。だから、何枚か使おうかとも思ったのですが、最終的にこの1枚を選びました」

「さくらの里 山科」では入居者が飼っていた犬や猫のほかに、殺処分を待つ保健所の施設から救い出した、保護動物団体から迎えた犬や猫も暮らしている。そして、本書の中には犬や猫だけのカットも多数、収められている。

「ポメラニアンのチロと保護犬のルイが寄り添っている写真(47ページ)も好きなカットのひとつです。チロは飼い主さんとの同伴入居でしたが、入居して10か月で飼い主さんは亡くなりました。そんなチロの心を癒してくれたのがルイです。チロは2023年1月5日に15歳で亡くなりましたが、その時、ルイは隣りに寄り添って眠っていたそうです」

 本書の中でも一番好きな写真は、見開きの最後のページ(146~147ページ)のものだそうだ。

「職員さんは、人はもちろん、年老いた犬や猫のお世話も当然のようになさっているんです。人と犬と猫の境目がなく、本当の意味でのバリアフリーを感じましたね。取材のたびにそうした様子を見ていたこともあり、この写真が一番、グッときます」

 本書の文章は、石黒さんが実際に見聞きしたことと施設長への若山さんへの取材をもとに構成されている。中でも印象深いのは、わずか半年間だけ施設で暮らした柴犬のもえちゃんのエピソードだそうだ。

「もえちゃんは、不衛生で立つことすらできないような狭いケージに閉じ込められ、10年近く繁殖犬として子どもを産まされていたらしいんです。ブリーダーの経営破綻を機に救出され、『さくらの里 山科』にやって来たんですね。もともと腰が悪く速くは走れないものの、室内でもドッグランでも楽しそうに歩いていたそうです。劣悪な環境でもがんばって生き続け、病気で亡くなるまでの半年間は幸せに暮らしたんですね。そんなもえちゃんの話には一番、胸を打たれました」

犬の「センパイ」と猫の「コウハイ」との暮らしが本書の制作の根源に

 本書の巻末には「さくらの里 山科」で暮らした歴代の犬猫のリストが掲載されており、犬や猫に対する石黒さんの深い愛情がうかがえる。

「子どもの頃から犬は身近な存在だったんです。幼少期に暮らしていた市営住宅の庭には生まれた頃からメリーという母犬とジョンという息子がいました。僕のうちはちょっと複雑で母親がいない時期がありまして、その間、預けられていた伯父の家ではポインターを飼っていて、かわいかったですね。小学校4年生頃から父親と二人暮らしになり、ロックという名のテリアの雑種犬を飼いはじめました。18歳で金沢から上京するまでロックとは毎晩、一緒に寝ていましたし、一番思い出に残っているんです」

 上京後はペット不可の物件での生活となったが、現在の家で暮らしはじめた2年後に犬を迎えた。

「44歳の時に伊豆で出逢った豆柴の子犬を迎えました。僕はキャンディーズファンの代表的なこともやっていて、名前は『ラン』もいいかなぁと思ったんですけど、奥さんに却下されまして(笑い)。もともとキャッチーな名前をつけたいなぁと思っていましたし、氣志團とか応援団のような雰囲気が好きなので、センパイと名づけました。その後に保護猫のボランティア活動を機に猫を迎えることになり、名前はコウハイに。

 センパイは18歳で、後ろ足が立てなくなったのでカートに乗って一日の大半を過ごしています。コウハイは13歳で、パソコンのキーボードの上に乗ったりとか、よく仕事の邪魔をしています」

 センパイとコウハイとともに暮らし60代を迎えた今、石黒さんは『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』の取材や執筆を通して、本書の内容を自身の将来と重ね合わせて考えるようになったという。

「ずっと犬や猫と一緒に暮らしたいけれど、先々のことを考えると難しい。ほとんどの人がどこかの時点で飼うことをあきらめざるを得ないのが現状です。

『さくらの里 山科』は特別養護老人ホームとしては日本で初めて、犬や猫と一緒の入居を実現させた施設です。同じような施設を増やしていくためにも、まずはこうした施設があることを知ってもらうことが大切だと思い、僕はこの本をつくりました。多くの人に、『さくらの里 山科』の取り組みについてを、ぜひ、周囲の人たちに広めていただきたいと思っています」

石黒謙吾さん

1961年金沢市生まれ。著書は映画化されたベストセラー『盲導犬クイールの一生』、『2択思考』、『分類脳で地アタマが良くなる』、『図解でユカイ』、『エア新書』、短編集『犬がいたから』、『どうして? 犬を愛するすべての人へ』(原作・ジム・ウィリス、絵・木内達朗)、『シベリア抑留 絵画が記録した命と尊厳』(絵・勇崎作衛)、『ベルギービール大全』(三輪一記と共著)など幅広いジャンルで多数。プロデュース・編集した書籍は、『世界のアニマルシェルターは犬や猫を生かす場所だった』(本庄萌)、『犬と、いのち』(文・渡辺眞子、写真・山口美智子)、『ネコの吸い方』(坂本美雨)、『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』(石黒由紀子)、『負け美女』(犬山紙子)、『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』(中元裕己)、『ナガオカケンメイの考え』(ナガオカケンメイ)、『親父の納棺』(柳瀬博一、絵・日暮えむ)、『教養としてのラーメン』(青木健)、『餃子の創り方』(パラダイス山元)、『昭和遺産へ、巡礼1703景』(平山雄)など280冊を数える。

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【さくらの里 山科】

社会福祉法人「心の会」特別養護老人ホーム。
神奈川県横須賀市太田和5-86-1
http://sakura2000.jp/publics/index/8/

取材・文/熊谷あづさ

●人、犬、猫。共に暮らし老いていく介護施設で職員が見せる矜持「最期まで“生”に寄り添う誇り高い仕事」

●自分を忘れてしまった認知症の人に寄り添い続け再び絆を取り戻したトイプードルの話

●犬猫は大事な家族「最期のときまでペットと暮らせる」を実現した夢のような高齢者施設

 

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