介護で困ったときに読んでほしい本を扱うオンライン書店員がおすすめする本3選「母の介護中、できないことが増えても解決策を見つけていた」
母の介護経験をもつ小黒悠さんは、元・図書館司書で、介護で困ったときに読んでほしい本を扱うオンライン書店を運営している。脳梗塞を患った母が退院して自宅に帰ってきた当時の想いを振り返りつつ、おすすめの本3冊を教えてくれた。
教えてくれた人/小黒悠さん
元図書館司書。20代から母のケアを経験し、ケアする人を「ケアする本屋」を目指し、オンライン書店「はるから書店」を運営。ライターとしても活動中。https://harukara-reading.stores.jp/
脳梗塞を発症した母の介護経験
こんにちは。ケアする本屋「はるから書店」店主の小黒です。20代で始まった母の介護について振り返りながら、介護に「やくだつ本」と、気持ちの「やわらぐ本」をご紹介します。
脳梗塞を発症し、半日に及ぶ手術とリハビリを乗り越えた母。後に、別の病院で母のMRI画像を見た医師が、「この画像の患者さんが、目の前にいる人だとは信じられない」と驚くほど回復し、退院の日がやって来ました。
私は、母の「可愛いのがいい」とのリクエストに応えてリバティプリントの花柄の杖を購入。親友に車で迎えに来てもらい、母は「やっぱり家が一番ね」と笑顔いっぱいに帰宅しました。
左半身の軽い麻痺や、感覚の障害はあったものの「家に帰れば大丈夫」とどこか楽観的な気持ちでいた私。30年近く暮らしてきた自宅なら、多少の不自由があっても何とかなるだろうと思っていたのです。翌朝、母を自宅に残し、職場である近所の図書館へと出勤しました。
昼休みになり、一緒に食事をしようと自宅に戻ると、玄関を開けた瞬間おどろきの光景が待っていました。
母が待ってましたと言わんばかりに、興奮した様子でしゃべり始めたのです。
「布団から起きられなくて大変だったの」
「ペットボトルの蓋があけられない」
「エアコンの風がなんだか痛い」
待って待って、順番に聞くからとりあえずごはんを食べよう、と私は時計をチラチラ見ながら昼食の準備をし、母が起きるのを手伝ってテーブルに着きました。
我が家はベッドではなく、床に布団を敷いていました。病院のベッドには手すりがあり、そもそも電動で上半身を起こせる仕様になっていましたが、当然のことながら家の布団にそんな機能はありません。
朝起きるときは私が身体を起こすのを手伝いましたが、出勤前のバタバタでお互いにそのことを忘れていました。
「結局どうやって起きたの?」
まだ疲れもあり、ほとんどの時間は横になっていたようですが、お手洗いに行くときに「起きられない」と気が付き、布団の脇にあった大きな洋服ダンスの引き出しに手をかけ、たまたま開いていた押入れの段に手をかけ……と周りの物につかまりながら、どうにか起きあがったようです。
できないことが増えていく母とふたりで…
麻痺は利き手と逆だったので困ることはあまりないだろうと想像していましたが、「ペットボトルをつかむ手に力が入らないから、キャップを開けられない」。
なるほど、言われてみればごもっともです。介護が始まったばかりの頃は、毎日こんなことの連続でした。
つい1か月前まで当たり前のようにできていたことが、これまでと何ら変わりのない環境でできなくなる。母は自分の身体の不自由さに戸惑い、落ち込む事もありました。
ただ同時に、解決策を見つけることはとても楽しいことでもありました。何かある度に、ふたりで「どうすればできるか」話し、いろんなものを試し、工夫を繰り返しました。
私が当初「介護が始まった」というより「暮らし方が変わった」と捉えていたのは、母とのこういうやりとりをしていたからかもしれません。
そんな経験から、今回は「自宅での介護にやくだつ」内容を中心に、おすすめ本をご紹介します(その後の母親との介護エピソードは後述)。
在宅介護の生活の知恵「本当に必要なことは何か」
『いのちに寄り添う自宅介護マニュアル これから介護と向き合うあなたに』やぎひろみ著(新曜社)
足を悪くしてしまったお母さまを、約10年間、在宅で介護をしていた著者による生活の知恵が満載。食事や身の回り、トイレの介護、介助するときの体勢のとり方まで、実感を伴う文章と分かりやすいイラストで書かれています。
「つかまりやすい、寄りかかりやすい環境作り」として、家具の配置や固定の方法など、簡単に真似しやすい工夫も紹介しています。
介護と聞くとつい「手すりを設置するべき」「バリアフリーにリフォームを」など事を大きく捉えがちですが、本当に必要なことは何なのか、頭をやわらかくさせてくれる一冊です。
在宅介護を便利な道具や知恵で乗り切る工夫
『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』工藤広伸著(翔泳社)
工藤広伸さんは、岩手で暮らす認知症のお母さまを、東京から遠距離で介護されています。介護ポストセブンの読者さんにはお馴染みかもしれません。
実家の様子を映す見守りカメラや、室温調整に役立てているスマートリモコンなど、工藤さんが実際に使ってよかったアイテムを詳しく紹介しています。熱中症対策や火の元の安全確保など、「まだ介護とまではいかないけれど、離れて暮らす親の生活が心配」というかたにもおすすめの本です。
介護で頼れる「道具やアイデアを知っておく」ことが大切だと気づかされます。
年老いた親の住み替えを描いたエッセイ「住環境の大切さ」
『最後は住みたい町に暮らす 80代両親の家じまいと人生整理』井形慶子著(集英社)
「本当は商店街のそばで暮らしたい」というお母さまの一言から始まった、80代両親の住み替えを綴ったエッセイ。
両親は「高齢者施設ではなく、自宅で暮らしたい」という思いからがあるからこそ、実家を売却しマンションへの引越しを決意。
持ち物の整理や遺言状作りなど参考になる点が多く、特に「なるべく元の部屋と似た雰囲気の部屋作りをした」というエピソードは、住環境がいかに大切なのかを感じさせてくれます。
著者はインテリアやライフスタイルの雑誌を手がけた編集者。実際のお部屋も写真も掲載されています。
母の介護ではベッドより「布団」のほうが楽だった
母の介護は6年半以上続きました。途中から肝硬変を患ったことにより体調もいろいろと変化したのですが、結局最後までベッドは導入しませんでした。
2Kの小さな家に大きな電動ベッドを入れるためには、いろんなものを手放さなければならなかったですし、感覚に障害のあった母はエアコンの風が当たると皮膚にピリピリと痛みが走るようで、自由に居場所を変えられる布団の方が楽だったのです。
ちょうど今くらいの冬の季節は、布団をこたつのすぐそばに敷いていました。身体を起こして少し向きを変えればこたつに入ることができるので、体力が無くなってきた晩年もふたりで一緒に食事がしやすく、私が仕事にでかけ母ひとりのときは、こたつでテレビを見たり読書をしたり、疲れたら横になったりと自由に過ごしていたようです。
介護の形は十人十色。ケアされる本人の状況だけでなく、ケアする側の環境によっても必要なものは変わってきます。介護の先輩たちの知恵を知ることで選択肢を増やし、自分にぴったりな介護を見つけてもらえたらうれしいです。