健康、財産、最愛の人…“喪失体験”はどう受け入れたらいい? 全盲の精神科医が実体験から語る喪失感を乗り越えるためのヒント
歳を取ると若かった頃のような体力を維持することは難しく、体のあちこちが衰えてくる。「健康を失った」という体験は誰しもつらいもの。
視力を失った全盲の状態で精神科医として患者の心の中に潜む悩みや苦しみに寄り添う福場将太さん。かつては見えていた目が見えなくなったという「喪失体験」から彼が意識するようになったことは──。初の著書『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
教えてくれた人
福場将太さん
1980年広島県呉市生まれ。医療法人風のすずらん会 美唄すずらんクリニック副院長。広島大学附属高等学校卒業後、東京医科大学に進学。在学中に、難病指定疾患「網膜色素変性症」を診断され、視力が低下する葛藤の中で医師免許を取得。
2006年、現在の「江別すずらん病院」(北海道江別市)の前身である「美唄希望ヶ丘病院」に精神科医として着任。32歳で完全に失明するが、それから10年以上経過した現在も、患者の顔が見えない状態で精神科医として従事。支援する側と支援される側、両方の視点から得た知見を元に、心病む人たちと向き合っている。
また2018年からは自らの視覚障がいを開示し、「視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる」の幹事、「公益社団法人 NEXTVISION」の理事として、目を病んだ人たちのメンタルケアについても活動中。ライフワークは音楽と文芸の創作。
喪失体験はどう受け入れたらいい?
健康を失った。能力を失った。財産を失った。職を失った。最愛の人を失った。
生きていると、こんなふうに大切なものを失って強い喪失感に襲われることがあります。精神医学においても、喪失感は自殺の危険因子の1つとして知られています。
そこで、「視力」という人間にとって大きな影響力を持つ力を失った当事者として、喪失体験について私なりの考えをまとめておきたいと思います。
……と、その前に1つ但し書き。心の変化には時間がかかります。
回復には一歩一歩、その人に必要な時間をかけて構いません。今まさにお辛い状況にある方は、すぐに抜け出そうと焦らないでいただきたいのです。
これからお話しすることは、1つのヒント。必要になったタイミングで、思い出してもらえたら十分です。
ヒントその1
ヒントその1、「小さな絶望」で希望のワクチン。
私が罹患した網膜色素変性症は、徐々に視力が失われていく病気です。つまり、完全に見えなくなるまでに時間があり、それは真綿で首を絞められるような恐怖でもありましたが、一方で心構えや対処法を考える猶予でもありました。
ちょっと見えなくなったら、色々工夫して見えなくなった世界に慣れる。そしてまたちょっと見えなくなったらその世界に慣れていく。
……こんなふうに、少しずつ少しずつ見えない世界に自分を慣らしていくことができました。イメージとしては、大きな絶望には耐えられないので、分散した小さな絶望で痛みを慣らしていった感じでしょうか。
少しだけウイルスに感染させて抗体を作るワクチンの原理に似ている気がします。