国内初「自動車運転外来」専門医が指南 安全運転寿命を延ばす“運転脳”の鍛え方「脳と体の衰え」セルフチェックリスト
高齢化の進行とともに社会問題化している「高齢ドライバー」をめぐる問題。事故が起きるたびに「免許返納を推進すべき」と叫ばれるが、特に車が“生活の足”となる地方では、そう簡単に返納できない事情もある。日本で初めて開設された「自動車運転外来」を担当する脳外科医・朴啓彰氏は、高齢者ドライバーは<運転脳>を鍛えることが大切だと話す。詳しい話を聞いてみよう。
教えてくれた人
朴啓彰(パクケチャン)さん/脳神経外科医。高知検診クリニック脳ドックセンター長
高知市の愛宕病院に国内で初めて開設された「自動車運転外来」を担当する。著書に『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』がある。
国内初「自動車運転外来」が開設 高齢者ドライバーに必要なのは運転脳
「研究の積み重ねにより、脳の状態を調べることで安全運転が可能かを判断できるようになってきました。脳の状態を把握して、悪化させない取り組みをすることで、安全運転寿命は延ばしていけるものと考えています」
そう語るのは、高知市の愛宕病院に国内で初めて開設された「自動車運転外来」を担当する脳神経外科医の朴啓彰氏(高知検診クリニック脳ドックセンター長)だ。
この病院では、自動車の運転に不安を覚える高齢者などを対象に、朴医師による検査やリハビリが行なわれる。
高知工科大学で高齢者の交通事故対策を研究し、4万人の脳ドックを診てきた朴医師。もともと警察の依頼で認知症診断を担っていたが、リハビリを希望する患者の求めに応じて2017年に自動車運転外来を開設。以来、高齢ドライバーを120人以上診察、指導してきた。
『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』という著書でも話題を呼ぶ朴医師は、高齢ドライバーの事故について「認知症の人が事故を起こしている、との認識は不正確」と指摘する。
「75歳以上のドライバーに運転免許更新時の認知機能検査などが義務化された2009年以降、認知症ドライバーの数自体が減っています。今、交通事故を起こしているのは、認知機能検査などをクリアした健康で普通の高齢者が多いということです」(以下、朴医師)
警察庁の統計によると、75歳以上の運転者による死亡事故は2020年に333件まで減ったが、その後は増加に転じ、2023年は384件だった。
「認知症ではない高齢者が事故を起こすのは、総じて『脳の衰え』とそれに伴う『身体機能の低下』が理由です。私は、安全運転のために欠かせない脳の機能を『運転脳』と呼んでおり、その衰えが事故に繋がるのです。具体的には、加齢により認知機能や判断機能が落ちることで、注意力、視覚認知力、予測力が衰え、安全運転に必要な行動ができなくなる。夜間や雨天時に注意力が散漫になり、とっさの場面で歩行者を見落とすといったかたちで表出します」
何もしなければ運転脳は衰える一方だが、適切な訓練を行なえば改善できる可能性があるという。
「運転脳を効果的に鍛えると脳の容積や神経繊維の増加につながり、現状維持はもちろん、認知機能・判断機能を高めることも期待できます。適切な訓練をしながら運転を続けること自体、脳の機能維持につながる。車の運転を続けることが認知症発症のリスクを37%下げるという国立長寿医療研究センターの研究結果も発表されています」
「白質病変」がある人はない人に比べて交通事故率1.67倍起こしやすい
朴医師の自動車運転外来では、脳のMRI検査の結果を基に、ドライビングシミュレーターで安全運転に必要な運動・認知機能評価を行なう。
一連の検査で運転に「不適応」と判断されても、回復の見込みがありそうな人にはリハビリを実施し、運転能力の向上を目指す。
まず、脳の画像診断からは何がわかるのか。
「2010~2011年に、脳ドックを受けた成人男女3930人から交通事故歴を聞き取り、脳のMRI画像と照らし合わせたところ、軽い『白質病変(脳が萎縮してできる隙間)』がある人は、ない人に比べて交通事故を1.67倍起こしやすいことがわかりました。交差点の事故に限るとリスクは3.35倍に高まります」
白質病変は加齢のほか、高血圧や糖尿病、飲酒・喫煙などがリスク要因とされる。白質病変が生じて毛細血管と神経繊維が密集した大脳白質がダメージを受けると、脳神経ネットワークの情報伝達に障害を招くという。
「白質病変は注意機能を司る前頭葉に生じやすい。交差点での運転は前後左右に注意が必要で情報量が多いため、処理しきれずに反応が遅れ、事故につながると考えられます。脳の白質病変に注目することで高齢ドライバーの交通事故が減らせる可能性があると考えます」
ある78歳男性は、信号のない交差点での一時停止違反により警察で認知機能検査を受け、自動車運転外来を受診した。
「様々な検査を行ない、高血圧と白質病変を伴う軽度認知機能障害と診断しました。本人が『運転に問題はない』と過信している様子だったので、週に2回の認知リハビリを4週間と、降圧剤を投与しました」
男性はその後、認知機能検査の点数が上がり、記憶や遂行機能(交通法規を守りながら一連の運転作業を行なうこと)にも改善が見られたという。
「リハビリの結果、運転が難しいと判断して免許返納を促すケースも少なくありませんが、この男性の場合は高血圧治療の成果もあって白質病変の増悪がなく、81歳で免許を返納するまでの3年間、事故も違反も起こさずに車を運転できました」
長く運転を続けるためにも、まず脳の状態を確認することが重要だ。脳の画像検査はハードルが高いが、朴医師は本人や家族が簡易的にできるチェックとして、下記の10項目をあげる。
10項目で分かる!「運転脳と体の衰え」セルフチェックリスト
10個の問いに○か×で答えてみよう。
【1】上の血圧の数値が130mmHgを超えている。
【2】医師にフレイル(衰弱)と診断されたことがある。
【3】最近、平坦な場所で躓きやすくなった。
【4】対向車や後続車からクラクションをよく鳴らされる。
【5】車庫入れに苦労するようになった。
【6】家族に物忘れが増えてきたことを指摘される。
【7】知り合いの名前がすぐに出てこない。
【8】夜の運転が怖いと感じるようになった。
【9】昔より話し声が大きくなったと言われる。
【10】 話し相手に聞き返すことが増えた。
※朴医師への取材をもとに作成。該当する項目が多いほど運転脳が衰えているリスクが高いと考えられる。
「白質病変に影響する血圧の数値のほか、『運転中によくクラクションを鳴らされる』『車庫入れに苦労するようになった』『家族に話し声が大きくなったと言われる』など、日常生活のなかでチェックしてほしい。いずれも運転脳と関連する事柄で、当てはまる項目が多いほど、衰えているリスクが高いと言えます」
「グーパー足踏み体操」で運動脳を鍛えよう!
リスクが高いと考えられる場合もできることはある。脳を活性化するリハビリとして朴医師が考案した運動のひとつが、「グーパー足踏み体操」だ。
「診察や研究を通じて、安全運転には思考や行動、遂行機能を司る前頭葉に加え、位置・空間認識を司る頭頂葉も鍛えることが重要だとわかりました。足と手で別々の動きをリズミカルに行なうグーパー足踏み体操は、普段使いきれていない前頭葉や頭頂葉の回路をフル稼働させるため、自ずと脳が活性化します」
手の動きはじゃんけんのグーとパーを組み合わせる以外に、チョキとグー、チョキとパーなど組み合わせを変えると難度が上がる。
「目をつぶって集中することがコツ。途中で間違えてしまっても諦めず、続けることが重要です」
「グーパー足踏み体操」のやり方
【1】椅子に腰掛け、その場で軽く腕を振りながら好悪に足踏みする。
【2】前に振るタイミングで真っすぐ突き出したほうの手の形を「グー」に、もう片方の手は「パー」の形にして、手と反対の胸に当てる。
【3】右腕と左腕の形を足踏みのリズムにあわせて入れ替える。それを8回狂い返す。
この後、約10秒の小休止を挟み、体の前に伸ばした手の形を「チョキ」、胸に当てた形を「グー」にして同じように足踏みの莉済み併せて入れ替える(8回くり返す)。さらに約10秒の小休止を挟み「チョキ」「パー」の組み合わせで。
【4】これで1セット完了!
卓球や将棋、スマホの新機能に挑戦することも脳を活性化する
他にも、研究のなかで運転に必要な脳の機能を鍛えるために効果的な行動がわかってきたという。
「スポーツで最適なのは卓球。体に無理をさせない範囲で手足を機敏に動かし、相手の動きを読む卓球には、運転脳をケアする要素が詰まっています。頭を使う将棋や囲碁、チェスなどの趣味もいいですし、スマホの機能を新しく覚えるのもいい。少しの向上心を持ち、幸福感が増すような行動をすることは、運転脳を鍛えるためにプラスになると考えられます」
安全運転を長く続けるために、やれることは様々ありそうだ。
撮影/杉原照夫
※週刊ポスト2024年9月20日・27日号
●運転寿命を延ばす『運転脳トレ』で判断力・注意力・同時処理力など“運転脳”を強化