デイサービス『おとなの学校』体験レポ|学校型デイで“生徒”になってみた【オバ記者は見た!新しいシニアライフ】
国語、社会、算数、家庭科…学校のように教科書を使って授業をするデイサービスがあるらしい。
「面白そうじゃない? 行ってみよう」
そういって好奇心旺盛なオバ記者(62才)が向かったのは、東京・青山のど真ん中にあるデイサービス『おとなの学校』南青山校。
「気を付け! 礼!」日直の号令に始まり、朝10時半に始まる1限目から午後15時に終わる3限目まで、先生たちの明るくノリのいい授業に高齢の生徒さんたちも和気あいあい。お昼時間はまるで女子校!? オバ記者のシニアライフ体験連載第5弾は『おとなの学校』初体験をレポートします。
* * *
東京・青山にある学校スタイルの介護施設
オシャレな店が軒を連ねる東京・青山通り。そのど真ん中から路地を少し入ったところに、『おとなの学校』はある。正確に言えば、学校スタイルの介護施設なのだが、その通学風景からして想像を裏切られた。
「おはようございま~す」と言いながら、自分の足でマイクロバスから降りてくる“生徒さん”もいるし、介助が必要な人もいる。体の状態はそれぞれだけど、みな身の動きが軽いというか、何らかの目的をもって動いているのが伝わってくる。
“生徒さん”は私の母と同世代で、昭和一ケタの人がほとんど。「大正生まれの方もいらしています」とスタッフはいうが、誰が“上級生”なのか、見た目ではわからない。なにせ東京の一等地、港区在住の“生徒さん”だからか、その服装はもちろん、杖や片手押しのカートからしてオシャレ。大きなアクセサリーをつけている人や、ビシッと着物を着ている人もいる。
そのことをスタッフに言うと、「冬は毛皮を着ていらっしゃる方もいます。よく見ると、小物がシャネルとか(笑い)」だそう。
男女比は、女性の中に男性がふたり混じっていて、居心地が悪いのか、そんなことは考えていないのか、顔の表情からはわからない。
気を付け!礼!で授業が始まる
「では今日の日直はサイトウさん(仮名)にお願いします」
黒板の前に立った紺のブレザーを着た先生(スタッフ)の声で、授業が始まった。
「はいっ。気を付け! 礼!」
先輩たちの仲間に混ざって“生徒”になった私。サイトウさんの気合のこもったかけ声に、思わず背筋が伸びた。後から聞いたらサイトウさんは元教師。一声発しただけで教室の空気をビリっとさせる。
授業の教材は、おとなの学校がこれまで培ったノウハウをまとめた「教科書(おとなの学校メソッド・月刊)」で、全国403施設で採用されているもの。『国語』『算数』『理科』『社会』『音楽』『家庭科』『保健』『体育』など教科ごとのメソッドがあって、この日の一時限目は『国語』だが、授業の最初に必ずするのは日付確認。スタッフが黒板に書かれた文字を指し示して、「今日の日付は、〇月〇日、□曜日」と声を合わせていく。
『国語』の1ページ目は、“「昔の教科書」を読もう”だ。「昔の教科書」とわざわざかっこで括っているのは、時間の経過をはっきり認知させる効果があるのかもしれない。
「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」
「コイ コイ シロ コイ」
全員で声を出して読んだ後で、“先生”が、「これは昭和8年から昭和15年まで国語の最初のページに書かれたものですが、みなさんが学校に通っていた頃、最初に読んだ文字はなんでしたか? では、〇〇さん!」と語り掛けると、まあ、みなさん、意気揚々。
「あのね、昔は国語とは言わなかったのよ。つづり方と読み書きが分かれていてね」
「私は小学校には行っていない。国民学校」「そうそう。私も国民学校」
“生徒”はそれぞれレベルは違うけれど、認知の診断を受けている、と聞いている。
「どこが?」と首をかしげたくなった。
『社会』では『昭和の大流行』。教科書にはなつかしい白黒写真が載っていて、空欄に「ダッコちゃん」や、「フラフープ」などの文字を埋めていく。「これで遊びましたか?」と“先生”に指された〇〇さんは、「そんなヒマ、あるもんかね。商売に忙しくててんてこ舞いしたわよ」と、ちゃきちゃきの江戸弁でまくしたてる。大きな事業をしていた人で、「そういえば〇〇さん、1億までは借金じゃないと言っていましたよね」と言われると、「そうそう」と即答。
先生(スタッフ)が生徒(利用者)に教えてもらうスタンス
授業は基本、先生役のスタッフが生徒さんに「私はよくわからないので、教えてください」というスタンス。その上で、 多くの“生徒”に発言させるように持ち掛けていって、でも同じ話を何度もしたり、冗長になりがちな発言を、程よいところで、“生徒”の顔をつぶさないようにさりげなく切り上げてもらう。他の人に発言の機会を作るためだが、ひとつ間違えたら“生徒さん”の気分を害してしまうだろうに、このあたりのタイミングのよさといったらない。
授業は順調に進み、表情も固く、発言をしなかった男性も、『社会』の授業で、「今まで、いちばん夢中になったことはなんですか?」という質問を向けられると、「えへへ。マージャンかな」と言って表情がパッと明るくなった。人の顔は、頭に浮かんだことでこんなに変わるものか。「ずい分、夢中になってやったなぁ」と、ちょっと不良っぽい目つきまでしちゃって。
女性陣がかつて夢中になったのは「ダンス」。ほぼ半数の人がそう答えたのにはビックリ。「仕事が終わると毎晩よね。着替えてダンスパーティーに行くの」「あの頃は踊るところがたんさんあったのよ」。目をキラキラさせて語るせいか、みんな10才くらい若く見える。昭和一ケタ生まれの東京の人の青春が目に浮かんで、こちらまでうきうきしてきた。
もちろん、「ああ、認知症ってこういうことね」と納得したシーンもある。それは『算数』で、『兵庫「姫路」観光ツアー』をテーマにした授業のときだ。左のカラーページには姫路城の入場料や、昼食のあなご丼の値段が、それぞれの写真の下に書かれていて、それを見ながら、左ページの計算式の中に数字を書き入れていきましょうというのが課題なのだが、急にみんなの動きが止まってしまった。
さっきとはうって変わって不安そうに、右ページと左ページを見比べて、手にした鉛筆を持て余している人が何人もいる。認知症になると、簡単な計算ができなくなると聞いたことがあったが、それを目の当たりにすると、やはりショックだ。
しかし、スタッフは想定済み。“生徒さん”にとってもそれは日常のこと。気にしている様子もないし、“先生”のほうも、明らかに計算違いの数字を聞いても、「そうですね。では、〇〇さん、どうですか?」と、どんどん進めていく。
まるで女子校の雰囲気
しかし、この学校の最大の特徴をみたのは、昼休みを挟んで、午後の授業に参加したときのこと。授業前に休憩コーナーでくつろいでいる“女子チーム”が、「あんたこっち、こっち」と手招きしてくれ、「ここに座って」って、まるで女学校の雰囲気。“女子”チームがひそひそ声で、「あの人はいつもああなのよね」「そうそう」と、クラスメイトの陰口めいたことを私にささやいたときも、「ああ、学校だなぁ」とうれしくなった。
「お昼を食べたら眠くならないですか?」と聞いたのは、私がそうだったから。すると、「家にいたら寝ていても、ここに来たらそうはいかないもの」とAさんが言えば、「そうよ、ご飯の用意までしてもらって、こっちだけ寝ているわけにはいかないでしょ」とBさんが答える。
学校というスタイルは、「高齢者は遊びたいのではなく、学びたいのだ」という気づきから始まったそうだが、その前に「学校ではシャンとしなくちゃ」という高齢者の意識に働きかける効果も大きいように見えた。
この日はあいにくの曇り空で、午後〇時の下校時間には小雨がぱらついてきた。そのことをスクールバスが整うまで待つ時間にスタッフが伝えると、「うちは平気。雨に濡れないように門に屋根がついているのよ」と、大きなアクセサリーをつけた生徒さんが言う。
港区で門のある家って…。戸惑っている私に、「本当なんですよ」とスタッフが笑う。おとなの学校青山校では、最後の最後まで、あっけにとられっぱなしだった。
撮影/浅野剛
【データ】
■施設
『おとなの学校南青山校デイサービスセンター』
住所:東京都港区南青山4-10-4
電話:03-6447-0733
受入介護度:要介護1~5
種類:地域密着型通所介護
■施設運営法人
会社:株式会社 桜十字
住所:東京都港区虎ノ門4-3-1 トラストタワー3F
■おとなの学校メソッド(教科書)
会社:株式会社おとなの学校 東京事業部
住所:東京都千代田区九段南2-3-21 みづまんビル5階
電話:03-6272-3021
オバ記者(野原広子)
1957年生まれ、茨城県出身。『女性セブン』での体当たり取材が人気の自称“意識高い系”ライター。同誌で富士登山、AKB48なりきり、空中ブランコ、『キングオブコント』出場など、さまざまな企画にチャレンジ。バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)に出演したこともある。全国各地の道の駅や温泉レポートも得意。ホテルの客室清掃バイトや銀座で手作りバッグ“出店”など、アラカンの現実を気の向くままに告白する体験記事も人気。
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