倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.6「ふたりでゆっくり歩いて行きたいね」
漫画家の倉田真由美さんの夫、叶井俊太郎さん(56才)はすい臓がんを抱えている。医師の余命宣告から1年半が過ぎ、今年の2月に入って体調が悪化。日々少しずつ良くなったり悪くなったりを繰り返している。熱が下がったある日、駅前の本屋さんにふたりで行くことになり――。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
腫瘍熱が軽快した夫「本屋に行きたい」
2月に入り会社には行かなくなってしまいましたが、近所のコンビニにおやつを買いに行ったり必要な時には外出していた夫。
病院での定期検診で血液検査の結果が急激に悪くなったことを告げられた次の日、体調を崩しほぼ丸一日寝こんでしまいました。発熱していたのが急に下がって平熱になったり、通常の感染症などとは様子がかなり違いました。
訪問医によると、「腫瘍熱」というものだったようです。しかし幸いにも翌日には軽快し、さらにその3日後には駅前の本屋に行きたいと言い出しました。夫は定期的に本屋通いをし、一度に何冊も本や漫画を買い込みます。
「ちょっとまだひとりじゃ不安だから、付き合って」
寝込んでいた時、あまりにも身体がフラフラになってトイレに行くのも一苦労だったので、外出に自信が持てないようです。駅前まで自転車で5分かかりませんが、私も付き添うことになりました。
「じゃあ、なるべくゆっくり行こう」
夫が外出するのは、私は大賛成。気分転換にもなるし、歩くことで血の巡りもよくなるし、動けるうちになるべく動いて欲しいと常々思っています。ふたりで家を出て、自転車を押し道路に出ました。
「気をつけてね」私が声をかけるのと同時に、自転車にまたがっていた夫がガシャーンと音を立てて自転車ごと倒れてしまいました。
道路に尻餅をついて、びっくりしたように私を見上げる夫の顔。今もこの時の顔を思い出すと胸が詰まります。
「ダメだ。脚が上がらない。自転車乗れないよ」
つい4日前、病院へは自転車で行ったのに。片道20分くらいかかる距離を、自転車漕いだのに。
こんなに早く、できなくなることがあるなんて。
夫にとってもですが、私にも大きなショックでした。あまりにも早く、状態の悪化が進んでいく。
がんを告知されてから1年半以上、胆管ステント手術をしても体重が減っても基本的な生活はほとんど変わることはありませんでした。それがここへきて、急激に変わってきました。そのスピード感は想像を遥かに超えるものです。
「もう、自転車に乗れないな」
私が手を引っ張って、座り込んだ夫を引き起こしました。
「もう、自転車乗れないな」
夫がポツリと言いました。幸い膝を少し打ったくらいで大きな怪我はしませんでしたが、夫、そして私の落胆は小さくありません。
「ここ数日動いてなかったからじゃない?しばらくしたら、また乗れるかも…」
「いや、無理。もう怖い」
夫は自転車を自転車置き場に置き、チェーンをかけました。
このまま、家を出ることはなくなるのかな。そう思うと苦しくて、部屋に戻っていつもの座椅子に座りこんだ夫にお茶を出しながら、「もう少し調子のいい日があったら、歩いて本屋行こう」と声をかけました。
夫はお茶を一口飲み、「うん。行きたいな」と答えました。
明日なのか明後日なのか、近々そういう日が来たらいいなと思います。
倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。
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