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おそらくもう家には戻れない、三度目の入院。黒い服を用意して、今後に備える家族会議【実家は老々介護中 Vol.36】

 81才になる父は、がん・認知症・統合失調症と診断され、母が在宅介護をしています。美容ライターの私と3歳上の兄は、実家に通って母を手伝っています。父の体調が急降下して、終末期の最終段階となりました。家で看る限界になり、結局入院した父。お金や今後のことを急いで考えなくてはなりません。父のために背筋を伸ばして、目の前のことに臨みます。

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「お父さんは遺せるほどの財産がないから大丈夫」って本当?

「お金の話なんだけどね。お父さんが現金をおろせってうるさいから、おろして家に置いてあるのよ」と母が言い、実家にあるまあまあの金額のタンス預金を見せてくれたので、驚きました。

「父が最期を家で迎えられるように」と家族で願っていましたが、結局、調子を崩した父を看るのが難しくなり、三度目の入院をすることになりました。そのタイミングで、母、兄、私とで今後のことを話し合っていたときの話です。お金に関してはびっくりの展開です。

「えっ、不用心じゃないの。大丈夫なの?」と私と兄は慌てましたが、よく考えたら、父母は昔からタンス預金しがちなタイプ。きっと、年金が入るたびにおろしていたのだと思います。「もしお父さんが急にガクッと逝ってしまったら、もろもろお金が要るので備えている」と母は言うのですが…。


 これまで、「今後のために、お金の準備をしたほうがいいよ」と提案するたび、「お父さんは遺せるほどの財産がないから大丈夫。貯金は2000万、この家の評価額は500万。これで全部だからね。もう黙ってよ」と、聞く耳を持たなかった母。兄と私は、「貯金は、父が亡くなったら引き出せなくなって困るのでは?」とモヤモヤしていました。

 友人からも、「親がいよいよというときになって、今後のために毎日ATMに通い、親の口座から限度額いっぱいまで引き出していたら、銀行の人にちょっと怪しまれた」と聞いたことがあります。本人の承諾を得ていて問題ないとしても、私もそうやって自分がATMへ通うのは気が進まないなあ、と気になっていたのですが、その必要はなく家にたんまり置いてありました!

 さて、兄が最新の相続ガイドブックを買ってきて、本の項目ごとに、うちの状況をひとつずつ書き出すことになりました。相続税の基礎控除額は、3,000万円+(600万円×法定相続人の数)。うちの場合、相続人は、母、兄、私の3人なので、4800万円まで無税です。これまでに私と兄が父に援助を受けた金額も、相続税に影響のない金額でした。

 父名義の通帳を見てもほとんどお金は残っていなかったので、おろしてある現金を勘定して、実家のマンションの評価額をもう一度ネットで調べました。父の保険が解約してあることや車が母の名義に変更してあることを確認して…。こうやって、今まで聞きにくかった親のお金の話も、本を目の前にするとサラッと聞けて、これはなかなかよい方法だと思いました。

 本には意外な項目もあります。「ブランドものをたくさん持っていると、その評価額が積み重なって相続税がかかることもある」とか、「遺言書やエンディングノートが隠されていないか、家の中を確認したほうがよい」など書いてありました。半ば冗談でタンスや押し入れを調べましたが、残念、何も隠されていませんでした。

「お父さんの古い漫画あったよね。あれ価値があるかもよ?」と母に聞くと、「まだお父さんが自分で歩けたころに一緒に売りに行ってね、ふたりで美味しいもの食べちゃった」とのこと。あはは、と3人で笑いました。母の笑顔が見られて少しホッとしました。

 預金通帳にほとんどお金が入っていないのはわかったけれど、念のため父のキャッシュカードの保管場所と暗証番号を聞き、ついでのフリをして母の分も聞き出しました。それをノート2冊に大きく書き、兄と私でそれぞれ持っておくことに。

*実家の現金はその後、母の今後の資金として新たな口座に入れました。

 さて、父の病室を見舞うと、点滴をしながら静かに眠っていました。今回の診断は肺炎ではなく原因不明の発熱です。医師からは、「体が恒常性を保てなくなったのかもしれません」、というようなことを言われました。もう食べられないので、これまでの入院でテーブルに置いてあった、病院食のとろみ段階を指定するカードはなく、代わりに赤い折り鶴が置いてありました。

「お父さん、来たよ」と声を掛けると、父は目を開けて「ウン、ウン」と頷きました。4人部屋でしたが、他の方々も具合が悪そうに押し黙り、暗い雰囲気です。父も大腸がんの痛みが日に日に強くなっているし、今、どんな気持ちでここにいるのでしょう…。

 父の顔を拭いて目やにを取ったり脚をさすったりして過ごし、実家に戻ると。母は喪主をする日のために、黒いバッグや靴が使えそうか確かめていました。母がその日をシャキッと過ごせるように、私も持ってきているものがあります。

「お母さん、目が見づらくてお化粧がおっくうでしょ。パパッとキレイに仕上がるものをあげるね」

 シミやくすみを隠すタイプのパウダリーファンデーションと、大きいふわふわのパフです。スポンジではなく大きいパフを使うと、アバウトにぽんぽんと乗せるだけで、それなりにきちんとお化粧した感じを出せます。しかも、石けんで落とせるものにしたのでメイク落としを使う手間がなく、母には便利なはず。

 加えて、色付きリップクリームの濃いめに発色するものも渡しました。口紅とリップクリームの中間のような感じで、唇の輪郭どおりに塗らなくてもサマになり、血色がよく見えます。こちらもメイク落とし不要なので使いやすいです。

 これから来る新たな怒涛の日々を、背筋を伸ばして過ごせますように。

 やがてこの先、母を見送るのも私と兄の役目だと思うと、父の送り方をよく覚えておかなくてはならないし、きょうだいで仲良くしておかなくてはなりません。両親の毎日を静かに見守ります。

文/タレイカ

都心で夫、子どもと暮らすアラフィフ美容ライター。がん、認知症、統合失調症を患う父(81才)を母が老々在宅介護中のため、実家にたびたび手伝いに帰っている。

イラスト/富圭愛

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