認知症対策を積極的に取り組む介護付有料老人ホーム【まとめ】
オープン間近の話題の施設や評判の高いホームなど、カテゴリーを問わず高齢者向けの住宅全般を幅広くピックアップし、実際に訪問して詳細なレポートをお届けする「注目施設ウォッチング」シリーズ。
高齢者の介護と切っても切れない関係の認知症。最近では認知症の前段階と言われる軽度認知障害(MCI)についても研究が進んでおり、高齢者向けの施設に対しても認知症対策・予防への期待が高まっているようだ。
今回は「認知症看護認定看護師が始めた元気くらぶ」「認知症の重さを理由に入居を断らない施設」「お手本はイギリスのパーソン・センタード・ケア」など認知症対策に積極的に取り組んでいる介護付有料老人ホームをピックアップしてご紹介していく。
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専門家が行う認知症ケアで症状改善も。認知症看護認定看護師が副支配人の「マザアス南柏」
施設開設から25年経つ「マザアス南柏」。開設から一貫して入居者一人ひとりと向き合う介護を実践してきた。それが表れているのが、入居者とスタッフの構成比が1.5:1以上であることや看護師が24時間常駐するなど人員配置が充実していること。
マザアス南柏副支配人の溝井由子さんは、認知症介護認定看護師の資格を持つ認知症看護のスペシャリストだ。認知症看護認定看護師の資格を取得するためには高いハードルをクリアすることが求められる。看護師免許取得後に実務研修が通算5年以上あり(うち3年以上は認定看護分野の実務研修)、認定看護師教育機関で6ヶ月以上の課程を終了し、試験に合格することが必要だ。しかも5年ごとに実践・指導・相談の活動報告による更新審査を受け、更新する必要がある。
認知症看護認定看護師は全国にまだ1000人ほどしかおらず、溝井さんのように病院ではなく高齢者向けの施設で働いている人は、その5%程度とまだ少ないが、多職種チーム連携の架け橋として、果たすマネジメントの役割は大きいという。
認知症看護の専門家である溝井さんがスタッフと始めたのが「元気くらぶ」。その目的を「居室に籠りがちなご入居者が、周囲と良い関係を保ちながら意欲的に参加することで、認知機能や身体機能の維持向上を図る。楽しみながら脳と身体を鍛えることで、情緒が安定し、笑顔が増え、生活能力の向上に繋がり、自分らしく活き活きと生活することができる」と掲げている。(全国有料老人ホーム協会主催・第16回「東日本事例発表研修会」での溝井さん発表資料より)
高齢者向けの施設で、特に男性に多くみられる傾向として、周りとあまりコミュニケーションを取らずに部屋にこもってしまうことがある。誰とも話さずにいることで、認知機能の低下を招き、認知症を発症する可能性が高くなったり、体が弱ってきてしまったりすることがあるという。また、その不安を抱えながら暮らしている人も少なくない。「元気くらぶ」を作ったきっかけの1つには、そういった人のための認知症予防・改善がある。
「『挨拶をするようになった』『他の人と会話ができるようになった』『動作が機敏になってきた』『うとうとと眠そうに過ごしていた人が活き活きとしてきた』『イライラしていた人が落ち着いてきた』といった項目を半年に1回程度『東大式観察評価スケール』というものを使って点数で評価します」(溝井さん)
「東大式評価スケール」は、「言語的コミュニケーション」「日常的コミュニケーション」「注意・関心」「感情」という4つの分類それぞれに5つの評価項目があり、5段階で数値化し効果を測っている。例えば言語コミュニケーションでは、「挨拶をする」「他の参加者に自ら話しかける」「話題や活動に即した発語がみられる」「同じことを繰り返し話さない」「話が内容的にまとまっている」といった観点を見ていく。溝井さんが医師会で発表した「脳活性化リハビリテーションの効果」では、11名を対象とした調査で、参加した全員に効果がみられたという結果が出ている。
→入居者1.5人:介護スタッフ1 人 手厚い対応で地域の評判が高い施設<前編>
→専門家が行う認知症ケアで症状改善も 入居者の気持ちに寄り添う介護付有料老人ホーム<後編>
認知症介護に特化した「フローレンスケア聖蹟桜ヶ丘」
東証二部に上場している「工藤建設株式会社」は「フローレンスケア」ブランドで東京都と神奈川県に11の介護付有料老人ホームを展開している。全ての施設のホーム長は介護現場で豊富な経験を積んできており、現場の状況をよく把握して全体を管理している。
フローレンスケア聖蹟桜ヶ丘は今まで、認知症の重さを理由に入居を断ったことはないという。他所で入居を断られたようなケアが難しい認知症の高齢者も、介護で困っている家族の最後の砦として気概を持って受け入れてきた。これは現場のスタッフが家族の苦労に寄り添い、受け入れるための方法を前向きに考えてきた結果だ。
自宅介護で行き詰まり入居相談に来た家族は、状況を話しているうちに泣き出してしまうことも多いそうだ。スタッフに話を聞いてもらい、今までの苦労を分かってもらうこと自体が何よりの安心、救いになるという。
「入居していただくことによって、介護で悩んでいたご家族が少し距離を置くことができます。精神的な負担も少なくなってお互いがやさしくなれます。そこに私たちの存在意義があります」(フローレンスケア聖蹟桜ヶ丘ホーム長の岡園貴子さん、以下「」は同)
認知症ケアに力を入れていることが具体的に分かるのが資格の取得状況だ。公的な資格には東京都が行っている「認知症介護実践者研修」「認知症介護実践リーダー研修」など、民間資格には認知症ケア学会の「認知症ケア専門士」などがある。フローレンスケア聖蹟桜ヶ丘には認知症介護実践者研修終了者が5名、認知症介護実践リーダー研修終了者が1名、認知症ケア専門士の取得者が3名いる。スタッフが積極的に学びの場に参加し、現場で活かせる資格を取得しているのだ。
「私が取得したリーダー研修では、認知症の症状をお持ちの方のケアをするうえでのヒントを学びます。そして学んだことを施設に持ち帰り、スタッフにも教えます。そうすることで認知症ケアにあたる際に使える引き出しの数が増えるんです。認知症の方は一人ひとり違います。たとえば1つのツールとして『24時間生活シート』というものがあり、1時間おきに観察をして記録します。シートを活用すると、いつどんな時に認知症の症状が現れるか、何が原因でその行動を取るのかが分かります。興奮状態や暴力、暴言は何かが引き金になって起こる行動なので、その原因を探って対応していくのです」
イギリスで提唱された「パーソン・センタード・ケア」に基づいて認知症ケアを行う「ヒルデモアたまプラーザ・ビレッジ l」
「ヒルデモアたまプラーザ・ビレッジ l」は、介護の先進国といわれるデンマークの高齢者住宅をモデルとして作られた。介護保険が導入される以前より現地に視察に行き、その後も継続して訪れているという。「ヒルデモア」という名前は、デンマークの童話作家・アンデルセンの作品に登場する「ニワトコの木に住む妖精」が由来となっている。
ここでは「パーソン・センタード・ケア」というイギリスで提唱された考え方に基づいて認知症ケアを行っている。認知症によって起こる行動は人それぞれで、ケアスタッフは表面的に行動を見るのではなく、本人の望んでいることと自分たちにできるサポートを探りながら工夫を行う。そのためにはまず人格を尊重し、声にならないメッセージを受け止める必要があるという。
「特に認知症をお持ちのご入居者の場合は、言葉での表現や行動でご自身の望みを示すことが難しく、ケアスタッフもご本人が真に望んでいることを探りきれないことがあります。当社では、周囲の関わりやサポートによってご本人のより良い時間を増やすヒントを見つけるために、認知症ケアマッピング(Dementia Care Mapping=DCM)という行動観察手法を取り入れています。まさに地図を作るように、5分毎にご入居者の様子を観察・記録し、チームでのケアの検討に活かしていきます」(ヒルデモアたまプラーザ・ビレッジ l支配人の岩佐茂さん)
「パーソン・センタード・ケア」を実現するために、有資格者のスタッフが「介護マップ」を作成する。手間と時間をかけて、入居者の行動、感情の動きを記録していくのだという。
たとえば──「一人うつむいて険しい表情の時間が続いたが、スタッフが言葉をかけたことをきっかけに、その後やさしい表情になった」「入居者同士で言葉を交わしたら少し不安な様子になったが、スタッフが同席できるようになってから徐々に表情が戻っていった」など入居者の様子を連続的に観察し、スタッフが関わっていない時間も含めて、一連の変化をグラフも用いて記録していく。その記録を読み解き、ケアのヒントを得ていくという。
いかがだっただろうか。認知症には誰もがなる可能性があり、症状や発症する年齢も千差万別だ。それぞれの施設の認知症への取り組みやその根底に流れる哲学を比較していくと、施設選びの決め手になるのではないだろうか。
撮影/津野貴生
※施設のご選択の際には、できるだけ事前に施設を見学し、担当者から直接お話を聞くなどなさったうえ、あくまでご自身の判断でお選びください。
※過去の記事を元に再構成しています。サービス内容等が変わっていることもありますので、詳細については各施設にお問合せください。