連載

85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第35回 不可能にチャレンジ!】

 ジャーナリストの矢崎泰久氏は、現在85才。1965年に創刊し、才能溢れる文化人、著名人などを次々と起用して旋風を巻き起こした雑誌『話の特集』の編集長を30年にわたり務めた経歴の持ち主だ。

 テレビやラジオでもプロデューサーとして手腕を発揮、今なお、世に問題を提起し続けている。

 数年前からは、自ら望み、妻、子供との同居をやめ、一人で暮らしているという矢崎氏に、その理由やライフスタイル、人生観などを寄稿しいただき、シリーズで連載している。

 先ごろ、同世代の三浦雄一郎氏が新たな挑戦を発表したが、その報を受けた矢崎氏が思ったこととは?今回は、人間が不可能にチャレンジし続けることの意義を考えてみる。

 * * *

凄い!三浦雄一郎さんの挑戦

 テレビの画面にアップで現れた冒険家の三浦雄一郎さんが拳(こぶし)を上げて叫んでいる。南米アルゼンチンの最高峰アコンカグアに登頂し、スキーで一気に下降するという。私のほぼ同年配である。

「不可能にチャレンジ!」

 何と美しい言葉だろうか。

 50年ほど前のことだが、『話の特集』では、猫背で熊のような大男で作家の小田実さんが司会する<語るシリーズ>が大人気だった。

「冒険を語る」には、三浦雄一郎、堀江謙一、森村桂、植村直己という若い冒険者たちが集った。立会人はイラストレーターの和田誠と私。

 これからどんな冒険をするかがテーマだった。その時の最後の言葉が、「不可能にチャレンジ!」だった。

 三浦さんは、86才の今もそれを貫いている。凄い!

 植村さんのように帰らぬ人となった冒険家もいるが、エベレストに3回登頂した三浦さんは今も意気軒昂である。

 ジャーナリストで登山家の本多勝一さんは、私より1才年長だが、昨年暮れに、私を突然山に誘った。

 このことは、前にも書いた。

「俺は最後に登攀(とうはん)する山を聖岳(ひじりだけ)と決めて、ずっと取っておいたんだ。是非チャレンジしたい」と本多さんは私を説得する。

 そのロマンには敬意を表するしかなかったが、私が挑戦しても恐らく麓にすら到達できまい。

 そこで散るのも悪くないが、あちこちに迷惑かけるに違いない。私には夢のまた夢だった。そして、彼を断念させる側に回った。

 本多さんは三浦さんの決意を知ったら、どんな気持ちで受け止めるのだろうか。

 はっきり無理とわかっていることにチャレンジするのは、ただの無謀だと思う。三浦さんはそれなりの準備をずっと重ねて、誰が考えても不可能としか思えない険しい山へ登る覚悟を固めたに違いない。

 それが冒険家の宿命なのかもしれない。

不可能にチャレンジするのは冒険家だけではない

 日常だって、危険はあちこちにある。

 それに怯(おび)えて生きていることしたら、まるで敗残者になってしまう。

 ある意味でのチャレンジなしには、人生は成り立たないのだ。そのことを忘れてはならないと思う。

 地球も人類も現代ほどの危機がこれまであっただろうか。

 戦争がどれほど愚かで空しいかを、世界中の人が知っているはずなのに、武器を大量に作り、敵に照準を合わせている。抑止力という詭弁(きべん)を弄(ろう)し、何故核兵器を保有しようとするのか。それは単なる大国のエゴイズムに過ぎないのではないだろうか。

 実は不可能にチャレンジするのは、冒険家の特権ではないのである。

 人類は誕生以来、ずっと不可能にチャレンジしてきた。だからこそ、現代が存在すると言っても過言ではない。

 地球の温暖化を促進しているのが、二酸化炭素の排出であることは、今や常識である。

 その結果として、予想することが出来ないほどの天変地異が、世界中で起きている。地球が悲鳴を上げているのである。

 それを見て見ぬふりをしている国や、非協力な姿勢を変えようとしない国がある。COP20(気候変動枠組条約第20回締約国会議)を離脱する国まで出現する始末なのだ。

 不可能だと諦めるわけにはいかない。危機は迫っている。集団ではなく、個に立ち返ることが要求されているのだ。

 このことに気が付きながら、自国のエゴイズムだけを優先する身勝手を絶対に許してはならない。

 諍(いさか)いを繰り返す余裕が残されていないことも自覚することが必要なのだ。

 不可能にチャンレジする勇気が、あらゆる人間にとって大切な時が来ているのである。

 国家間の対立や紛争が如何に無意味なことかを知るチャンスである。

 個に還る。一人一人の人間の勇気や知恵が地球を救うために欠かせない現実が目の前に横たわっている。

 三浦雄一郎さんの「不可能にチャレンジ!」の精神を忘れてはなるまい。

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矢崎泰久(やざきやすひさ)

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1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』最新刊に中山千夏さんとの共著『いりにこち』(琉球新報)など。

撮影:小山茜(こやまあかね)

写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。

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この記事へのみんなのコメント

  • イチロウ

    二酸化炭素地球温暖化論は、あくまで「仮説」であって、科学的な真実ではありません。 国連IPCCが同論に基づいて、二酸化炭素削減のために論陣を張られるのには、政治、経済面での利用価値があるからであり、科学的に真実と実証された故では無いのです。 その虚偽は、クライメート・ゲート事件として全世界的に報道もされましたが、この国では報道管制とも思える作為に依り国民には知らされず、二酸化炭素を削減するため、と称する大企業補助等の口実に利用されていますし、対外援助(?)の理由ともされています。  破綻はしましたが、金融経済面での利用価値としては、例えば、二酸化炭素排出枠の金融取引を導入する策動がありましたが、これは、ノーベル賞受賞者のゴア等が金融取引企業の重役になっていることからその策動事由が理解も可能です。  愚かなこの国は、排出枠を外国から購入することまでしましたが、余りに愚かで情けなくなりました。 因みに、ゴアが米国では、「二酸化炭素成金」と呼ばれていることをご存じでしょうか? 本物の科学者は、現在、太陽活動が減衰していますので、嘗て現存した中世の小氷期が来るのではないか、と憂慮されていますし、米国のように、近年、太陽観測に注力している国もあります。  仮に、本当に温暖化すれば、中世温暖期のように、人類が増えても食糧には困らず、気候が温暖化して住みやすくなります。 反対ならば、飢饉が毎年来て、食糧確保を目的に戦争が多発する結果になり、人類には不幸なことになります。

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