健康

ポリファーマシー(多剤服用)の実態 その副作用と減薬対策

 高齢になるとともに薬局で処方される薬が増え続け、「食事のたびに手のひらいっぱいの薬をのむ」という話さえ聞くほどだ。このような“多剤服用”によって、足元のふらつきや物忘れなどの副作用が起きる可能性があるとして、厚生労働省は指針を作るなどして注意を呼びかけている。

 多剤服用の現状やリスク、薬を適切に使うにはどうしたらよいかなどを、東京大学医学部附属病院・老年病科の秋下雅弘先生に聞いた。

5〜6つ以上の薬で健康へのリスクが高まる    

 厚生労働省の「高齢者医薬品適正使用検討会」の主査として、指針の作成などに携わった秋下教授は、多剤服用についてこう説明する。     

「多剤服用とは、単純に言えば『多くの薬をのむこと』です。薬が適切に使われていて、求められた効果がきちんと出ていればとくに問題はありません。しかし、たくさんの薬をのむことで、薬の相互作用によって体に悪影響が出たり、きちんと管理できなくなったりする場合があります。このように、多剤服用のなかでもとくに害がある状態のことを『ポリファーマシー』と呼び、厚生労働省や専門家は注意を呼びかけています」(秋下先生。以下、「」内同)

 秋下先生が所属する東大病院老年病科では、ポリファーマシーの現状について調査を行なった。入院患者2412名を対象として、のんでいる薬の数と、薬による有害事象の発生頻度を解析したところ、6つ以上の薬をのんでいる場合、有害事象の発生頻度が有意に高くなった(グラフ参照)。

また、別の都内診療所の通院患者165名を2年間にわたって追跡調査した結果、「5つ以上の薬をのんでいる人は、4つ以下の人に比べて転倒が起こりやすい」こともわかった。    

4人に1人の高齢者が7種類以上の薬を服用     

    厚生労働省の調査によると、75歳以上の患者が1ヶ月に1つの薬局で受け取る薬剤の数が5種類以上の人は4割以上。なかでも7種類以上の薬をもらう人は25.4%と、4人に1人に上る。

「高齢者がポリファーマシーになる理由は、“多病”です。糖尿病や高血圧といった生活習慣病に加え、年齢を重ねるとともに脳・心血管疾患も起きやすくなります。また、関節痛、認知症、骨粗しょう症、不眠や便秘など高齢者特有の病気もあります。それぞれの症状について薬をもらっているうちに、いつのまにかポリファーマシーになってしまうのです」     

 このような足し算的なポリファーマシーに対し、「処方カスケード」と呼ばれるパターンもある。例えば、夜によく眠れず病院に行くと、睡眠薬を処方される。その副作用で認知機能が低下して、認知症のクリニックで薬をもらう。すると胃腸の働きが落ちて胃薬をもらい、その副作用でせん妄状態に……というもの。副作用が副作用を呼び、薬の数が積み上がってしまうのだ。 

薬によって転倒や認知症のリスクが上がる    

 加齢に伴って心身が衰えることで現れる症状や疾患のことを「老年症候群」という。

 主なものに、ふらつき・転倒、記憶障害、せん妄(睡眠と覚醒のリズム障害、時間や場所が急に分からなくなる、幻覚、妄想、気分障害など)、抑うつ、食欲低下、便秘、排尿障害・尿失禁などがある。   

老年症候群の主な原因は加齢や病気ですが、薬が症状や病気を加速させている可能性があります。例えば、高血圧の薬によってふらつき・転倒や記憶障害が起きることもありますし、アレルギーや抗うつ、頻尿などさまざまな目的で使われる抗コリン剤を複数のむと、認知症の発症リスクが高くなることがわかっています」    

 しかし、薬を減らすことは現実にはそれほど簡単ではない。   

「例えば、抗血栓薬をのんでいる人が急に服薬をやめれば、脳梗塞などのリスクは当然高くなります。どの薬は必要で、どの薬はやめてもよいか、個々の健康状態に応じて慎重に検討する必要があるのです。また、高齢者のなかには『薬がないと不安』などの理由で薬を欲しがる人がいます。そういう患者さんに薬を減らすように言っても別の病院に行ってしまうだけ。減薬は病気だけでなく、本人の希望やライフスタイルに合わせて計画的に行わないとうまくいきません」    

医療現場のポリファーマシー対策    

 医療の現場ではすでに、高齢者のポリファーマシー対策が始まっている。平成28年には「薬剤総合評価調整加算」が導入された。これは、入院時に適用されるもので、入院前に6種類以上の薬をのんでいる患者に対して処方を見直し、退院時に2種類以上減薬されると、病院や薬局が受け取る診療報酬が250点加算されるというもの。

「東大病院では薬剤師を中心に、処方の見直しに積極的に取り組んできました。薬の見直しなどをした結果、入院時に6つ以上の薬をのんでいて、薬剤師から処方提案を受けた人のうち、44.7%が2つ以上の薬を減らすことができました」      

「薬剤総合評価調整加算」の対象はこれまでは急性期病棟だけだったが、今年度(平成30年度)の改定で、地域包括ケア病棟も対象となった。これにより、急性期の短期入院に続いて長期入院をしたときに、時間をかけて処方を見直せる仕組みができた。    

 また、平成28年には外来診療を対象とした「薬剤総合評価調整管理料」も新設された。その仕組みは基本的に、上記の入院時と同じで6種類以上の薬をもらっている人が2種類以上減薬できた場合は、医療機関に250点が加算されるというもの。  

 この仕組みも平成30年度に改定され、保険薬局から処方提案をして外来で減薬がなされた場合には、医療機関だけでなく提案した保険薬局にも「服用薬剤調整支援料」として125点が入る仕組みとなった。

「愛知県での調査によると、減薬をする診療所医師は41.3%だったのに対し、保険薬局の薬剤師からのアプローチは7.2%と少ないことがわかりました。今後は薬局薬剤師によるポリファーマシー対策を推進する必要があると考えています。   

 また、患者さんが薬局にきているときに医師に連絡し、減薬の相談をするのはなかなか大変です。そうではなく、患者さんが次にきたときに備えて、医師と連携を取りながら減薬プランを考えておくといった現実的な方法を提案していくべきです」     

患者や家族にもできるポリファーマシー対策    

 薬を減らすために、高齢者自身ができることもある。  

 一つは、薬をもらう薬局を1か所に決めることだ。複数の薬局で薬をもらうと、薬剤師が処方の内容を把握しにくいが、いつも同じところでもらっていれば薬の数や副作用、薬効が重複していないかなどに薬剤師が気付きやすい。

 また、生活習慣の改善により、薬を減らせる可能性もある。例えば次のようなことだ。   

 ●朝はきちんと起床し、朝食をとる。胃腸の働きがよくなり、生活リズムが整う。   
 ●軽い運動をすると、便秘の解消になり、夜間頻尿にも有効。   
 ●夜更かしや極端な早寝をやめると、不眠の解消に有効。     

「薬の見直しは生活習慣の見直しと同時に行うのが基本です。悩みがあったら医師と話し合い、薬以外の対策をぜひ質問してみてください。 減薬をするときは絶対に、自己判断で薬をやめてはいけません。勝手に薬をやめると命に関わるトラブルも起こりかねないからです」    

 日本医療研究開発機構では、パンフレット「高齢者が気を付けたい多すぎる薬と副作用」を作成し、インターネット上で無償配布している。こうした情報を参考に、身近な医師・薬剤師と相談しながら適切に薬を使うことが高齢者の健康を守ることにつながるだろう。 

パンフレット「高齢者が気を付けたい多すぎる薬と副作用」の表紙

日本医療研究開発機構「高齢者が気を付けたい多すぎる薬と副作用」

https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20161117_01_01.pdf    

教えてくれた人    

秋下雅弘さん/東京大学医学部附属病院副院長・老年病科科長  

取材・文/市原淳子

●天皇陛下執刀医が教える寿命100年時代に私たちが知っておくべきこと

●その痛み、シビレは「坐骨神経痛」かも?セルフチェックする方法

●「海藻を分解できるのは日本人だけ」など 最新研究でわかった日本人の驚くべき体質

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