認知症介護×AIの最前線をレポート!人工知能と共生する未来「介護難民」問題に希望の光
高齢化が進んで労働人口が減少する将来、施設に入りたくても入れない「介護難民」が出現すると盛んに報道されている。しかし、悲観することはない。人工知能によって希望の光が見えてきた。AIによる認知症介護の最前線をレポートする。
認知症介護の精神的負担を減らす新たなプロジェクト
介護施設の職員や介護者家族にとって、重度の認知症患者のケアは心身を削られるような苦しみを伴うこともある。いきなり始まる暴言、妄想、徘徊に、「いつまで続くのかしら」と絶望的な気持ちになることもあるだろう。だが、そのストレスから解放される日が来るかもしれない。
「認知症で脳の機能が損傷すると、中核症状(高度なもの忘れの状態)が起こりますが、中核症状により、周囲の状況が理解できずに混乱を来す症状(徘徊、暴言、妄想など)を『行動・心理症状(以下、BPSD)』といいます。いつ起こるかわからず、介護をする側の負担も大きいBPSDですが、現在、これらを分析・予測し、対処法をアドバイスする人工知能システム『DeCaAI(でか~愛)』を、日本医療研究開発機構(AMED)により、産官学連携で開発しています。
たとえば、徘徊行動のある認知症患者の徘徊のタイミングが事前にわかれば、それに応じた対処をすることで徘徊を防ぎ、介護者の時間的・精神的負担を減らすことができます」
と、プロジェクトの副代表を務める「認知症高齢者研究所」の羽田野政治さん。
いまは、2025年の実用に向け、全国20か所の施設を対象に運用テスト中だが、羽田野さんは着実に効果が表れているという。
認知症の行動・心理症状(BPSD)をAIが学習
なぜそんなことが可能になるのか? それは、羽田野さんが長年、介護現場を観察し続けて蓄積された、約800万件ものBPSDパターンのデータをもとにしているからだ。
「画像診断により『海馬や脳室の萎縮が認められる』ことで認知症と診断されますが、一つひとつの症状には、それに対応した脳機能の異常が潜んでいます。症状によって失われた機能や、まだ保たれている機能がありますが、画像診断だけでは、こうした状況まではわからないのです。
ですが、BPSDが起きるとき、脳はどの機能に問題があるのか、加えてどんな体調や環境下で起きるのか。脳の働きと発生パターンの相関性を知ると、理解不能だと思われていたBPSDの発生メカニズムがわかってきました。
認知症のケアは、一人ひとりの行動や思いに深く共鳴することが必要です。私はこれを『キョウメーションケア』と名付け、介護の現場に落とし込みました。これまで介護者は経験則に頼ったり、正解がわからないまま場当たり的な対処ケアをしてきたケースもありましたが、科学的な裏付けに準拠することで、誰もが判断に迷わず、確実なケアができるようになったのです」(羽田野さん・以下同)
DeCaAIの仕組みは、認知症患者に腕時計型センサー(スマートウォッチ)を装着し、自宅を含む医療や介護の場から患者のバイタル情報(脈拍や呼吸など)、部屋の環境情報(温度や湿度、照度など)、介護記録情報を、クラウドAIに集めていく。そして、これらのデータをAIが分析し、起こりうるBPSDを30分(あるいは60分)前に予測。現場にいる介護者に、メールや音声でそれを通知する。
プロがそばにいてくれるような安心感
「たとえば、『○○さんが30分後に徘徊するので、お水を飲ませて落ち着かせましょう』などと対処法を伝えます。徘徊をするのは、時間や空間の『つながりと意味』が頭から消えるため、激しい不安を感じているのです。それを発生させないようにできれば、本人・介護者両者の消耗を防ぐことができますよね。
DeCaAIに搭載する予測データは、キョウメーションケアで蓄積したデータをもとに、7年かけてAIに学習させました。さらに3年をかけ、エキスパートによる専門的知識を加えてBPSDの発症を予測し、適切なケア方法を導き出したものです。さらにDeCaAIには、25万語の医学用語大辞典やBPSD対応大辞典、ケア手法辞典などが組み込まれており、その情報をもとに、介護者の悩みや疑問にきめ細かく答えることができます。家庭にいても、さながら専門医や看護師、介護士がそばにいてくれるような安心感があるはずです」
モバイル端末でやりとりをした記録が残るので、介護施設で利用する場合、面倒な介護記録の入力作業の手間を省いてくれる利点もある。
2025年の実運用を目指して
2025年の実運用では、DeCaAIをアプリにして当事者や子供でも使えるようにしたいと羽田野さんは目を輝かす。
「2025年以降は、施設があっても介護士がいない『人材の枯渇』が懸念されています。それに伴い、家族や隣近所とも接点のない“介護難民”がどんどん増える可能性がある。その状況での認知症のひとり暮らし、あるいは老老介護の家庭では、薬をのむことを忘れてしまう恐れがありますが、端末やスマートウォッチから『そろそろお薬の時間ですよ』と言ってもらえば、症状を悪化させずに生活を維持することができます。AIはその人のバイタルや環境センサーを休むことなく計測しているので、問題行動を取ったときの変化を、より克明に記憶していきます」
利用者が増えれば増えるほどデータが蓄積され、さらに新しい介護情報が手に入る。
「人間がやれるところは人間の知能を使い、見守りなど機械ができる部分は機械の知能を使えばいい。介護の世界なら、人間とAIの知能が共に進化できると思うんです」
ちなみに、羽田野さんが認知症にならないための方法として推奨するのは、毎日、楽しいことや好きなことを思い浮かべ、絵や文字にして日記に書き残すことだという。
「昨日のこと、今日のことをいつも思い出せるように記しておくことは、脳機能の維持にとてもいい習慣ですし、セルフケア能力の見極めにも役立ちます。そして、将来認知症になって的確に表現できなくなったときも、介護者は日記から想像力を働かせることで、適切なケアを提供することができます」
やがて書くことが困難になっても、AIを利用すれば、あなたの代わりに記憶してくれることだろう。体調がすぐれないときにAIが数日前の日記を振り返って原因を予測してくれたり、悩み事の相談に乗ってくれたりしたら、孤独な心も癒されそうだ。
デバイスをモバイル端末からロボットに変えれば、人生100年時代の「相棒」になってくれるかもしれない。欠落した部分を補完してくれる相棒がいれば、できずに落ち込むことも減るに違いない。
そんなことを想像していたら、認知症の未来も暗いばかりではないと思えてきた。
教えてくれた人
■認知症高齢者研究所 代表理事・羽田野政治さん/脳科学を活用した認知症緩和ケア「キョウメーションケア」を開発し、介護現場で効果を上げる。現在はDeCaAIの開発や教育、研究活動に努める。http://www.kyomation.com
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2023年4月20日号
https://josei7.com/
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