エッセイスト森下典子さんが語るおひとりさまの生き方「初めて自己肯定できた銀座のできごと」
あえてひとりの時間を楽しむ活動が「ソロ活」と呼ばれ、注目を集めている。映画化もされて話題を呼んだ『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』の原作者であり、エッセイストの森下典子さんに、「おひとりさま暮らし」についてお話を聞いた。ひとりで生きてきて、初めて自分を肯定できた銀座でのできごととは――。
昔も今も思いは変わらず「ひとりも全然悪くない」
映画(出演:黒木華、樹木希林ほか)にもなった、お茶を通して人生の機微や季節の移ろいを描いた『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』。
原作の出版から20年、作者の森下典子さんは、現在も茶道教室に通い、おひとりさま暮らしを送る。
「好きでひとりを選んだわけではないんだけど。でも選んだのかしら、どうなんだろう(笑い)」と、朗らかに笑う。
「結婚する機会もあったけれどその道を選ばず、『仕事だけが生きがいだ!』とも思わず、何となくいまに至りました。30才くらいのとき、取材で『ひとりは最高か?』と聞かれたことがあります。世はバブルで、女性も活躍し始めた時代。私の答えは、『ひとりだけが最高だとは思わないけれど、ひとりもいい』でした。最高かどうかは『?』だけど、ひとりも全然悪くない。35年経ったいまでも、その思いは変わりません」(森下さん・以下同)
人間最後はみんな“おひとりさま”
ひとりが寂しいと感じるときはありますか、と問うと、
「それはないけれど、この年になると、結婚していてもしていなくても“最後はひとりだ”というのが見えてきます。“おひとりさま”って、独身だけがそうなのではなく、人間はみんな“おひとりさま”なんだという気がしています」
との答えが返ってきた。
50代までは、悶々とした日々が続いた
「私、就職試験で全滅しているので、会社員に対するコンプレックスがずっとあったんです。定年退職間近のまわりの同級生を見て『退職金がもらえていいなあ。それに比べて何の保証もない私は…』という不安や、徹夜ができなくなると『もはやこれまでか』とあきらめの気分になったりして。時々『私の選択はこれでよかったのか』と迷う瞬間もありました(笑い)。
ある日、生命保険が60才で満期になるという通知が来たんです。肩を“トントン”と叩かれたような気がして、東京・銀座の数寄屋橋交差点で信号を待ちながら『もうすぐ60かあ』と考えていたら、突然、大学4年生の秋、ここにいた自分を思い出したんです。就職活動の最中で、どこにも履歴書を受け取ってもらえず、打ちのめされながら交差点に立っていた自分を。その姿と、もうすぐ還暦だという自分が重なったとき、『フリーという不安定な状況で、40年も原稿を書いて生きてきたんだ。本当によくがんばった、私!』と、突然自己肯定できたんです」
『日日是好日』映画化の話が来たのはそのすぐ後だった。
「いまもまだ楽なわけではないけれど、やっと自己肯定感が持て、よくやったと自分に言える日が来たことをうれしく思っています」
お茶で心を整える
時に揺れる心を整えてくれるのは、やはり「お茶」だ。
「お茶をやっていると心が静まり、自分と向き合っている感じがします。ひとりなんだけど自分とふたりでいるような感覚というのかな。そして、終わると清々しい気持ちになれる。毎日丁寧になんて暮らせないからお稽古で整えているところはありますね。
思えば、フリーの仕事を続けてこられたのも、ひとりの人生を歩んでこられたのも、かたわらにお茶があったからかもしれません。…いろいろ考えると、やっぱり好きでひとりを選んできたのかな(笑い)」
教えてくれた人
森下典子さん/エッセイスト
1956年生まれ。『日日是好日「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)はロングセラーを続け、2018年に映画化された。近著に『青嵐の庭にすわる「日日是好日」物語』(文藝春秋)。
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2022年11月3日号
https://josei7.com/
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