暮らし

“看取り士”という職業 今、求められる「旅立つ人とその家族が温かい最期を迎えるために寄り添う」人たち

 余命宣告を受けた本人やその家族からの依頼を受けて、彼らの遺された時間を充実させ、死への恐怖を和らげ、最期は抱きしめて看取ることを促す「看取り士」。まだ聞きなれない読者も多いかもしれない。豊かで温かい死を迎えるために活動する看取り士についてをレポートする2回目は、一般社団法人『日本看取り士会』会長柴田久美子さんが看取り士として活動を始めた経緯を伺いながら、看取り士とはどんな存在なのか、その役割についてを紹介する。

→第一回を読む

幼い頃の父の死で経験した看取りの空気感を多くの人に経験して欲しい

 第一回でも紹介したように、看取り士の柴田さんは、小学6年生のときに最愛の父親を亡くしている。

「父は私の手を握って『ありがとう、くんちゃん(柴田さんの愛称)』と言いながら逝きました。その手を放すことができずにずっと握っていたら、だんだんと冷たくなって、やがて固くなりました。私は父と離れがたく、父の布団の上で腹ばいになって泣いたんです。その後も隣の部屋で2日間泣き続けました」(柴田さん、以下「」同)

 そんな柴田さんを母は止めずに、ただただ泣かせてくれたという。泣き疲れて顔を上げたときに目に入った障子の桟の美しかったこと! 柴田さんはその美しさを“父親の魂が作り出した美しい空気”と捉えた。

「子どもだった自分が父に『ありがとう』と言われた喜びや感動、悲しいのだけれど、悲しいだけではない稀有な経験でした。これも母が泣き続ける私を止めずに思う存分泣かせてくれたから経験できたことだと思っています」

 故・瀬戸内寂聴さんは「人は亡くなるときに25メートルプール529杯分の水を沸騰させるほどのエネルギーを発する」と語ったそうだ。そのエネルギーの美しい空気に惹かれた柴田さんは、大人になってからも「あの空気感にいま一度触れたい」と思っていた。創業期の日本マクドナルドでキャリアウーマンとして働き、結婚、出産、そして離婚という目まぐるしい変化を経験した後にたどり着いた想いだ。

「効率重視の日々にいっぱいいっぱいになり、睡眠薬を服用し、救急搬送をされました。幸運にも救われて、からっぽになって、振り出しに戻って、父を看取ったあの空気感の中に生きたい、と感じました」

 退院後、3年はレストランを経営。その後は介護施設の職に就き介護福祉士の資格を取得した。勤務先で利用者に「この施設で死にたい」と打ち明けられていたにも関わらず、最期は病院になってしまったという経験もした。

 誰もが自分の望む場所で、本人もその家族も死への恐怖や不安を持たずに旅立つためにはーー。「看取り」について考えた末、看取りの仕事をするためにある島に渡る。

 多く人が病院で命を閉じる中、当時その島では在宅死亡率が75%。ある意味、最先端の“看取りの場”ともいえるところだった。

 島の集会場を買い取って、『看取りの家・なごみの里』を開業したものの、宗教団法人と間違えられたり、何をするのか分からないと言われたり、誰も訪ねてきてはくれなかったという。最初にその門をくぐってくれたのは隣島の74歳の男性だった。

「誰もいらしてくださらない間は、皆でうどん屋をしていました。半年後に患者さんがいらしたときは、嬉しくて嬉しくて。皆でその方のことを“殿”と呼んでお世話をしました。奥様は腰痛でお世話はできない。殿はひどい喘息をお持ちで、言葉でのコミュニケーションが持てないほど認知症も進んでいらしたのですが、殿を大事にする姿を見て、島の方々も私たちを認めてくださり、少しずつお世話する方が増えていきました」

“殿”と呼ばれた男性は1年後に『看取りの家・なごみの里』で看取りの作法を受けながら、安らかに逝った。その後、お世話をした方々の多くが独り暮らしで、最期のときを自宅で、と希望した人は柴田さんが付き添い、自宅で看取りをしたという。現在は『看取りの家・なごみの里』は閉鎖し、在宅支援で看取りをしている。

「看取り」を学問として伝える

「全ての人が 最期、愛されていると感じて旅立てる社会づくり」という理念を掲げ、看取り士を専門の職業として養成する活動も始まった。

 現在、全国に看取り士は1670人。東北地方にはほぼ存在しないが、それ以外の地域には、首都圏を中心にバランス良く存在し、カナダにも支所がある。男女比は1対9でほぼ女性。年齢はほぼ50代、60代。その5割が看護師経験者、3割が介護福祉士、2割が無資格者という構成だ。2022年中に5000人に増やすことが目標だという。

 看取り士は国家資格ではなく、一般社団法人『日本看取り士会』独自の資格となる。初級・中級・上級それぞれに3時間の受講を受け、資格を取得する。全国30のステーションから看取り士として現場に訪問する、看取りを行う立場にあるのは、看護師や介護福祉士などの国家資格を持つ人。それ以外の人が現場スタッフとなるためには、看取り士の資格取得後、90時間のボランティア時間が必要となる。

 このシステムとテキストを制作したのが、柴田さんだ。

「当初は看取りの文化を広めることだけを考えていたのですが、活動を知って訪ねてくださった東京大学名誉教授の上野千鶴子先生に『一人でも多くの方に死生観を伝えなさい。そのためには、看取りを学問として伝えなさい』と言われたんです。その言葉に背中を押されて、私の体験をもとにテキストを作り、資格のシステムを作りました」

 現在は日本医師会もその活動を全面的に支援している。

看取り士に向いているのは、静けさと穏やかさを兼ね備えた明るい人

「看取り士に向いているのは、明るい方。同時に静けさと穏やかさを兼ね備えている方。私たちの仕事は、沈黙することがほとんどです。言葉で何かを伝えるのではなく、沈黙をして微笑み続ける。静けさを持ち合わせていないと厳粛な場面に相応しくありません」

 と言う柴田さん。看取り士が目指すべきは、“モナリザ”なのだそう。紆余曲折がありながら、現在、看取り士が担う仕事は3つある。

 ひとつ目は「相談業務」、ふたつ目が「臨終の立ち合い」、最後に「看取りの作法(※)を伝えること」。

※ 基本的なプロセスは「抱きしめる」「手をにぎる」「呼吸を合わせる」こと

「すべての業務に大切なのは呼吸法です。特に臨終の立ち合いの際には呼吸法がとても大事なんです。私たちの穏やかな呼吸を利用者様にお渡しするイメージで、(利用者の)呼吸を穏やかにします」

 臨終の際には、誰でも呼吸が変わる。それを見た家族がその苦しそうな様子を見ていられなくなって、救急車を呼んでしまう。せっかくそこまで頑張ってきたのに、結果、病院に搬送され、病院で最期を迎えるケースが非常に多い。

「それではもったいない。せっかく頑張ってこられたのですから、最期までご自宅にいて欲しいと願います。ですから『呼吸が変わったら私たちにご連絡ください』と申し上げて、ご自宅に駆けつけます」

 最期を前に呼吸が変わっている本人に、悲しみの中で呼吸が乱れ焦っている家族と看取り士は呼吸合わせをする。呼吸を静かに整え、落ち着かせる。それが看取りの第一歩だ。ゆえに看取り士の講座では、呼吸法を学ぶ。

「看護師や介護福祉士などの国家試験を持っていない方は、特に五感や六感を大切にする暮らしをして欲しいと思います。そうした暮らしの積み重ねの中で臨終や臨終後の場の空気を換える、分かりやすく言えば、愛溢れる場に変える力が育つと思います」

 日本で学び、看取り士になった人はスイスやオーストラリア、台湾や中国にもいるが、看取り士を職業としているのは日本だけ。古き良き文化を看取り学として完成させ、日本オリジナルの職業が生まれた。

 団塊の世代が75歳を迎える2025年。看取り士の需要は高まると予想される。

「看取り士の仕事と存在を広く皆さんに知っていただき、2025年までには少なくとも看取り士は1万人いないと支えにはならないと思っています。自宅のみならず、病院にも施設にも私たちが駆けつけて、ご家族に看取りの作法をしていただき、ゆっくりと温かい死を迎えていただく。それが私の目標です」

 次回は、看取り士と最期を迎えた家族の実例をお伝えする。

→第一回を読む:旅立つ人・見送る人、どちらも幸せと思える最期を迎えるために…看取り士が伝えたい「死生観と命のバトン」

柴田久美子(しばた・くみこ)

一般社団法人日本看取り士会会長。島根県出雲市で出雲大社の氏子として生まれる。日本マクドナルド株式会社勤務を経てスパゲティー店を自営。平成5年より福岡の特別養護老人ホームの勤務を振り出しに、平成14年に病院のない600人の離島にて、看取りの家を設立。本人の望む自然死で抱きしめて看取る実践を重ねる。平成22年に活動の拠点を本土に移し、現在は岡山県岡山市で在宅支援活動中。全国各地に看取り士が常駐する「看取りステーション」を立ち上げ、“看取り士”と見守りボランティア“エンゼルチーム”による新たな終末期のモデルを作ろうとしている。また、全国各地に「死の文化」を伝えるために死を語る講演活動を行っている。令和2年には、株式会社日本看取り士会を設立。セコム株式会社と連携した見守りサービスなど、新たな派遣サービスをスタートさせた。

http://mitorishi.jp/

取材・文/池野佐知子

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