猫が母になつきません 第278話「かわる」
最近、母と夕食を一緒に食べるようにしています。母の夕食は夕方の17時台、私にとっては早すぎる時間です。なので以前は無理にふたりの食事時間を合わせることはせず、料理もできるだけ母が自分でやるようにしていました。しかし今は料理をするのが面倒らしくほとんど作ろうとしません。さらにこのところ外部とのコミュニケーションの機会が減り、認知症が進んできたので家で会話をする時間を増やすことにしたのです。食事の時の会話は近所の人のことや、最近通っている歯医者さんの話、親戚や家族の話などいくつかの同じ話を何度も繰り返しするのがパターンです。ある日、弟の話になったときに母が「父親を早くに亡くしたから…」というのです。父が亡くなった時、弟は30代で結婚して子供もいたのですが、母の記憶では大学生の時に亡くなったことになっていました。間違いを正すと「そうだったっけ?」と。「昔のことはよく覚えている」といいますが、母にとって「昔」は結婚する以前の時代、結婚して子供たちが小さかった頃は「少し前」、ここ40年くらいはすべて「最近」に含まれます。「昔」の記憶は今も明瞭なのですが、「最近」のところはもうごちゃごちゃです。そしてほんとの「最近」である昨日今日、もしくはさっきの出来事はハイスピードで消え去っていっています。私が今一番恐れているのは母に「どちらさま?」と言われること。家族の歴史だけでなく家族構成まで変えられてしまいませんように(祈)。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。