兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第112回 またお薬が増えました】
いきなりですが、『白い巨塔』というドラマをご覧になったことがありますか?若年性認知症を患う兄の担当医は、まるで、そのドラマに登場する一見冷静、しかし“心の冷たい”医師・財前五郎のようだと、付き添う妹のツガエマナミコさんは、感じているのです。今回は、3か月に1回の定期診察のときのお話…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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冷徹な財前先生(仮)の対応に思うこと
9週間ぶりの受診日でございました。
相変わらず財前先生(仮)の視線は真夏の納涼祭り、いや遊園地のお化け屋敷並みのひんやり感があって、背中からす~っと涼しくなりました。
「お薬を増やしてみて、どうでしたか?何か具合が悪いことはありませんでしたか?」という質問に兄が「いや、別に何もないです」とわたくしの予想通りのリアクションをすると、先生はわたくしに向かって「何もなかったですか?」と確認をされたので、「ちょっと便がゆるいことがあって、いったんメマンチン錠だけ止めてみたりしましたけれど、ここ3週間は大丈夫そうです。ゆるいのは寝冷えとか夏バテとか、かもしれないのでお薬の影響かどうかわかりませんけど」と答えました。
すると先生は「そうですか。では、整腸剤をお出しします」とおっしゃりながら躊躇なくパソコンのキーボードをおたたきになられました。その見事なお指さばきとパチパチ音の中、「朝、兄の部屋のゴミ箱に便が入っていたりするんですけど」と思い切って言ってみると、これまたお顔色ひとつ変えずに「認知機能が低下しているのでね。朝は特に寝ぼけてしまうのかもしれません。これからもっと増えることが考えられます。そのためにお薬を増やしています。メマンチンはとりあえず10mgに増やします。いずれ20mgまで増やさなければいけない薬ですから」と落ち着き払った鉄壁のブロックが返ってまいりました。
「ああ、また言いなりになるしかないんだな」という無力感と、財前先生(仮)の冷静すぎるオーラにわかりやすく苦笑してしまいました。
「もう何も逆らうまい」と思っていると、いつものように薬の指示と次回の予約票がプリントアウトされました。こちらの都合も聞かずに打ち出されたコピー用紙にはすでに次回の日付が入っています。「次はいつ…」とわたくしが呟くと「また9週間後です。大丈夫ですか?」と社交辞令のように付け足されました。
もとより、そんな先に予定が入っているツガエではないのですが、小さなことにもカチンとくるような心理状態になっておりました。最後に「困ったことがあったらケアマネに相談してください」とサラッと言われた言葉も「屑籠に便とか、僕には関係ないよ」と言われているような気分になりました。
妙に温かいだけの先生がいいと思っているわけではございません。あれこれ患者に気を使って、必要以上にへりくだってどっちつかずの先生より、わたくしはむしろサクサク竹を割ってくださる方が気持ちいい。冷静最高、理詰め上等!と思っていますのに、いざ、その通りの対応を受けると違った感情になるものなのですね。頭と心のズレ、それがわかっただけでも学びがありました。
この診察の帰り、最寄りの調剤薬局で親切丁寧な薬局スタッフさまにお薬を説明されたとき、「今日は整腸薬が新しく追加されました。これはお通じがゆるくても便秘でもどっちでも使えるお薬です。なんでもないときに飲んでも大丈夫なやつですからね」とやさしく言われてとてもホッといたしました。
言い方ひとつで薬への印象も、人への印象も大きく変わるというものです。ついさっき見た財前先生(仮)の態度を思い出し、「こういう風に言ってくれれば安心するのに。君は医者としては優秀かもしれないけれど、その態度でめちゃくちゃ損をしているよ、財前君(仮)」と呟いたツガエでございました。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ