認知症の母がデイサービスで6年越しの入浴に成功するも…息子は複雑な心境の訳
認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。コロナ禍で以前のようなペースで帰省できなくなって母の認知症の症状の進行が心配だ。そんな中、デイサービスに通う母にある変化が…。今回は、長年悩んできた“入浴”に関するお話だ。
認知症の母とデイサービスの変遷
2015年から母が通い始めたデイサービスは、今年で6年半が経ちます。今でこそ皆勤賞ですが、実はデイサービスを利用してもらうのに2年近くかかりました。
亡くなった認知症の祖母もデイサービスを利用していましたが、行くのを嫌がり、当時祖母を介護していた母は、相当苦労したようです。おそらくそのときのことを母は覚えていたので、デイサービスに対してネガティブなイメージを持っていたようでした。
母の認知症が発覚してすぐ、わたしはケアマネジャーから紹介されたデイサービスへ見学に行ったのですが、そこは利用者全員で歌を歌ったり、レクリエーションをしたりする、よくあるデイサービスでした。
当時70歳の母は軽度の認知症でしたが、80代中盤で認知症が進行した利用者の多いデイサービスはなじまないと判断したわたしは、ケアマネさんの提案を断ったのです。
それから、近所にある地域サークルを探したり、親子で生け花教室に参加したりして、社会参加できる場所を探したのですが、いずれも母ひとりでは通うことができず、家でボーっと過ごす日が2年ほど続きました。
デイサービスを利用するようになったきっかけ
今通っているデイサービスを利用するようになったきっかけは、ものわすれ外来のかかりつけ医の紹介でした。
2年が経ち、藁にもすがる思いで見学に行ったデイサービスは、いわゆる歌ったり、レクリエーションをしたりしない、利用者が自由に過ごせる場所だったのです。
母と一緒に行った初めての見学のときも、他の利用者とすぐに仲良くなったので、そのまま利用を決め、途中仮病を使って1か月休んだ時期もありましたが、今では休まず通うようになりました。
デイサービスを利用する目的のひとつに入浴がありました。
ひとり暮らしの母は手足が不自由で、お風呂では転倒のリスクがあります。母も転倒を怖がって、浴槽は使わずに、タオルで体を拭くか、たまにシャワーを使う程度だったのです。
母がデイサービスのお風呂を嫌がる理由
デイサービスの利用がうまくいったので、介護のプロの力を借りれば入浴できると思っていたら母が、
「わたしは昼間にはお風呂は入らない、湯冷めするから」
「あそこのお風呂は狭いし、浴槽が深くて危ない」
など、いろいろな理由をつけてお風呂を嫌がりました。実家の浴槽のほうが深くて危ないのですが、とにかく入浴しなくて済む理由を探しているようでした。
それから6年が経過し、デイサービスでの入浴はすっかり諦めていました。
ところがあることがきっかけで、事態は急変したのです。
母が初めてデイサービスのお風呂に入った!
コロナ禍で遠距離介護が難しくなり始めた1年前、わたしの代わりに岩手の妹が実家に行く機会が増えたときのことです。
「お母さん、お風呂入る?」
なにげなく妹が母を誘ってみたところ、なんの抵抗もなく母がお風呂に入ったのです。湯船につかったのは、実に8年ぶり。突然のことに驚きつつも、このことがきっかけで、ヘルパーさんのシャワーの誘いにも応じるようになり、入浴が習慣化していきました。
それから1年後、デイサービスで母の現状について話し合う機会があったので、最近の自宅での入浴の変化について報告しました。そこで、デイサービスでも再度、お風呂に誘ってみることになったのです。
デイサービスのスタッフの方はまず、足浴から声かけをしました。おそらく数年前なら、この時点で嫌がったはずですが、足浴は無事成功。その流れで「お風呂にも入ってみましょう」と声をかけてみたところ、デイサービスで初めての入浴に成功したのです。
デイサービスから電話で報告をもらったわたしは、すごい!と喜びました。しかし電話を切ったあと、なんとも複雑な感情が襲ってきたのです。
認知症の症状の進行と母のこだわり
あれだけお風呂を嫌がっていた母が、急にお風呂に入りだした理由を、わたしは今までのこだわりを忘れるほど、認知症が進行したからだと思いました。
湯冷めや浴槽の深さ以外にも、今日はお風呂の気分じゃない、さっきお風呂に入ったばかりなど、母の入浴を嫌がる理由に困惑しました。一方で、母の意思表示の中に、プライドや元気の良さを感じたのです。
娘やデイサービスのスタッフの入浴の誘いに、嫌がることなく素直に応じるようになった母を見て、今までのプライドや元気の良さはどこにいったの?と思ったのです。
母の威勢の良さに戸惑い、時にはお風呂をめぐってケンカになることもありました。しかし今は、あっさり入浴を受け入れる母。体が清潔に保たれるし、体臭の心配もない。入浴はわたしにとって、メリットしかありません。ただ、威勢の良かった母の姿がないことに、物足りなさを感じずにはいられませんでした。
この先はきっと、母のこだわりやプライドと戦う機会が減ってくるので、認知症介護ラクになるのかもしれません。しかし、えも言われぬ寂しさとの戦いにもなりそうで…ちょっと複雑な気持ちです。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)。音声配信メディア『Voicy(ボイシー)』にて初の“介護”チャンネルとなる「ちょっと気になる?介護のラジオ」(https://voicy.jp/channel/1442)を発信中。