認知症の母が午後2時に焼いた”朝ご飯”の目玉焼き…そこで息子がとった行動
岩手・盛岡にひとり暮らししている認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。1か月ほど帰省して母と過ごしていたある日の午後、台所でお母さんが毎朝のルーティンになっている目玉焼きを焼いていた…。午後2時の光景を見た息子がとった行動とは…。
認知症の母が午後2時に焼いた目玉焼き
わが家の朝食は、目玉焼き、もやし炒め、食パン、牛乳が固定メニューになっていて、おそらく5年以上変えていません。その成果なのか、認知症が進行した今でも、朝食の作り方を覚えています。
朝食の時間は6時前後が多いのですが、母が朝4時に起きて準備してしまう日もあります。この日は5時30分と、いつもより少し早めの朝食になりました。
穏やかな1日の始まりだったのですが、このあと思わぬ光景に出くわすことになるのです。
昼食後につい昼寝をしてしまった!
朝食を食べ終えたあと、母はいつもどおりテレビを見て過ごしました。
昼食はだいたい11時から11時30分の間に食べ始めることが多く、この日はわたしが材料をすべて準備して、母にきつねうどんを作ってもらいました。
お腹も満たされたところで、わたしは2階の自分の部屋に戻って、仕事を開始。母は使った食器を洗い終え、洗濯物があれば、取り込んで衣服を畳む時間です。ただ、洗濯物が乾いてなくても取り込んでしまうため、母の見えないところに洗濯物を隠さないといけません。
この日も洗濯物は乾いていなかったので、自分の部屋に避難させました。母は午後の仕事がなくなってしまったので、ゆっくりテレビを見始めました。
わたしは机に座ったものの、少し早めの朝食だったせいか眠くて、ふとんで15分ほど昼寝をすることに。横になり軽く目をつむったのですが、そのまま深く眠ってしまい、起きて時計を見ると14時3分。しっかり1時間近く眠ってしまったのです。
しまった! 慌てて1階に降りると、母が台所に立って何かをしています。わたしの姿を見るなり、こう言ったのです。
母:「おはよう」
わたし:「おはよう?」
午後2時に、おはよう? 悪い予感しかしませんでした。続いて、パチパチという音が、台所に鳴り響いています。
最初は何が起きているのか、状況が飲み込めませんでした。しかし、パチパチという音の正体が目玉焼きを焼く音で、さらに居間にあった食パンを見て、すべてが理解できたのです。
母は午後2時に、朝食の準備をしていました。
母の昼寝を阻止する理由
わたしが1時間の昼寝のあと、しまった!と思ったのは、寝すぎたからではありません。母の昼寝を阻止できなかったからです。
認知症の代表的な症状の中に、見当識障害があります。今自分の居る場所がどこで、時間や季節が分からなくなる状態を指すのですが、母は昼寝やうたた寝の直後に、この状態になりやすいのです。
また、母は昼寝し過ぎると夜眠れなくなり、起床が朝3時や4時になります。そのため、一緒に生活しているときは、あまり長い昼寝にならないよう、1時間に1回は母の様子を確認して、寝ていたら起こすようにしています。
この日はおそらく、わたしが昼寝していたのと同時に、母も寝てしまったようです。起きた瞬間、朝と勘違いし、そのまま朝食の準備を始めてしまったのです。
いつもなら時計を見て、自分の間違いに気づくはずなのに、朝食まで準備してしまうなんて。ショックを受けつつ、冷静になったところで、声のトーンを押さえながらこう言いました。
わたし:「はい、あの時計を見てください。何時ですか?」
母:「何時なの、いま?」
わたし:「(時計を指さして)これこれ、今何時になってますか?」
母:「えっと、2時過ぎね」
わたし:「はい、正解!2時は朝? 昼?」
母:「お昼よね」
わたし:「(今度は目玉焼きを指さして)じゃあ、これは? さっき、お昼にきつねうどんと柏餅食べたよ」
母:「え、お昼食べ終わってたの。朝かと思ったわ」
わたしも起きた直後は、今が朝なのか夜なのか、寝ている場所が東京の家なのか、岩手の実家なのかと混乱しますが、数秒で戻り、現実を理解できます。母は、どこかで気づけなかったのか? しかも、2時間前に食べたばかりの昼食も、忘れてしまっているようでした。
認知症の進行を強く感じた日
母は、起きた直後に亡くなった祖母がそこにいたと言ったり、結婚して別の家に住んでいる娘を探したりしたことがありました。しかし今回の出来事は、これまでとは明らかにレベルが違います。起きてから10分経っても、現実を理解できていなかったのです。
「なんで、午後2時に朝食作ってるの!」ぐらい言ってもおかしくない状況で、あまりに驚いてしまい冷静に対処した自分に恐怖を感じました。
きっと、ここまで認知症が進行してしまったのかという諦めの思いが、こういった行動につながったのだと思います。
目玉焼きは、昼食を食べ終えた直後だったので、手をつけずに冷蔵庫に片づけました。
この日の夕食は、しゃぶしゃぶ。材料の種類が多い鍋物はわたしが準備するのですが、何も言わずに、母が作った目玉焼きをご飯に乗せて出しました。すると母は、こう言ったのです。
母:「あら、何なの? この目玉焼き?」
久しぶりのしゃぶしゃぶを親子で堪能し、ご飯の上のトッピングである目玉焼きを何事もなくおいしく頂きました。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)。音声配信メディア『Voicy(ボイシー)』にて初の“介護”チャンネルとなる「ちょっと気になる?介護のラジオ」(https://voicy.jp/channel/1442)を発信中。