「たった1杯のカレー」のメイクドラマ とわ子と小鳥遊から目が離せない「大豆田」8話
新たな出会いは、恋のはじまりでもあり、社長の危機でもあった。『大豆田とわ子と三人の元夫』8話では、とわ子(松たか子)と不思議な関係を築きつつある小鳥遊(オダギリジョー)の辛い過去が明らかになる。ふたりの関係はどうなっていくのか、これは恋になり得る? ドラマ大好きライター・釣木文恵さんが振り返ります。
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小鳥遊の二面性、それでも惹かれるとわ子
「自分の人生がない」14年間、輝かしい10代後半から20代丸ごとを、彼はどういう感情で過ごしたのだろう。
とわ子(松たか子)と朝のラジオ体操で出会い、とわ子の会社の買収相手として再登場した小鳥遊(オダギリジョー)は、オンとオフの切り替えを驚くほどキッチリとする男だった。とわ子に退任を要求したその同じ口で、ラジオ体操の場ではやさしく話しかけてくる。その姿に怪訝な顔をしつつも、やはり小鳥遊との会話が楽しくて、心地よくてとわ子はファミレスでの逢瀬を続けてしまう。その内容は「社長のお嬢さんと結婚しろと言われているけど、女性とつきあったことがあまりない」という恋愛相談というかなんというか、なものだけれど。
ヤングケアラーのその後の人生
8話では、とわ子と小鳥遊のファミレスでの会話が何度も重ねられ、その間にとわ子は仕事上ではますます追い詰められる。元夫の八作(松田龍平)はかごめを亡くした傷心からなかなか立ち直れず、そんな中でとわ子と八作の仲を邪推する慎森(岡田将生)と鹿太郎(角田晃広)の振る舞いはどこかのんきで心休まる。
ナレーションと回想によって小鳥遊のことが紹介されるなかで、彼が家族の介護や身の回りの世話を日常的にやらなければならない若者、いわゆるヤングケアラーであったことがわかる。どうやら17歳から31歳までの日々を家族の介護に費やしたことが、ごくさらっと描かれる。数学が大好きで、尊敬する数学者のいる大学に進学したいという思いを持ちながらも、それが叶わなかったことも。それを気を許しかけた同僚に話して、けれども恐らく現在の、学歴もないのに会社で重用され、仕事ができるという姿だけを見られて「ぜいたく言ってんじゃねえよ、いいよなお前は」と残酷な言葉を投げられたことも……。
ヤングケアラーとして過ごした14年間のことを、とわ子には「人生がない期間があったんです」と話す小鳥遊。だから、そこから救い出し、「人の作った飯を食え」とカレーを食べさせてくれた社長には並々ならぬ恩義を感じて、ひよこが見たものを親と思うように盲目的に従う。社長の命令を受け入れることが第一義だから、買収相手の会社に残酷な振る舞いができてしまう。
「仕事は楽しいとか楽しくないで選ぶものじゃありません。そんな考えはぜいたくです」とか、結婚に対して「嫌とか好きとかそういう感情の問題じゃないんで」とか言ってしまう小鳥遊。なにかが欠落しているようにも思えるし、いびつな関係性だなとも思うけれど、10代から20代にかけて「人生がない期間」が14年間も続いた人のことを簡単に判断するのは、「いいよなお前は」と言ってしまう同僚と変わらない態度かもしれない。
とわ子のカレーで逃げ出せるか
8話の冒頭、とわ子は機嫌がよかった。おそらくかごめが亡くなって以降感じたことのなかった「人生を楽しむ」ことを小鳥遊に言われて思い出したからだ。その後、仕事上の冷たい小鳥遊と再会してもその機嫌の良さがゆるがないほど、彼女にとって小鳥遊がくれた言葉は大きかった。だから手の込んだカレーをたっぷり作った。7話で娘・唄(豊嶋花)の不在についてとわ子と八作が話したとき、八作は「自分史上最高のカレーができたとき」に食べさせる相手がいないことに落ち込むという話をしていた。とわ子はもしかしたら自分史上最高かもしれないそのカレーを、小鳥遊に食べさせることで小鳥遊を家族に次ぐふたつめの鎖から解放しようとする。
「たった1杯のカレーで人を閉じ込められるなら、たった1杯のカレーで逃げ出せばいいんです。そんな恩着せがましい社長のカレーよりずっとおいしいと思います。だって、人生は楽しんでいいに決まってる、あなたがそう教えてくれたから作れたカレーだから」
小鳥遊はお嬢様からのプロポーズに即答できなかった。とわ子がいたからだ。このまま、とわ子は最後の恋に走るのだろうか。
文/釣木文恵(つるき・ふみえ)
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。