兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第68回 不憫な兄」
61才で若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが、2人の日常を綴る連載エッセイ。兄の症状の進行がこのところ気になるツガエさん。今回は不思議な言動が増えてきた兄の近況です。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
最近の兄の様子ですが…
「出かけるの? お客さん来たらどうしよう。ここのレジ使ったことないし、使い方わからないからさ。いいかな、開けなくても…」
最近、わたくしが仕事に出かけるとき、兄が言う台詞です。
当たり前ですが我が家にはレジスターなどありません。レジのオモチャも、レジに見えるような代物もございません。兄には「ピンポン鳴っても出なくていいから。居留守使ってね」と言って出かけます。
またあるときは「出かけるの? 行ってらっしゃい。今日もいつもの男の人が迎えに来てくれるんでしょう?」というので、「はぁぁぁ?」というと、「車でさ、お迎えが来るんでしょ?」とのたまう兄。「来ないわっ!いつも一人で電車よ。車で迎えがくるほど偉くないのよ、ごめんね」と捨て台詞を吐いて出かけるときもございます。
きっと、わたくしが若かりし頃におつきあいしていた運転大好きアッシー君(車で送り迎えしてくれる彼氏の総称)が兄の記憶に残っているのでしょう。かれこれ30年以上も前のことなのに、なくしてほしい記憶ほど残ってしまうもののようです。
もちろん玄関のドアを閉める寸前まで「どのくらい時間かかるの?」「帰ってくるのは何時頃?」「えっと、何時頃になるんだっけ」と、何度も確認されるのは毎回のことでございます。
帰宅時間のメモは兄の見える場所に貼り付けて行くのですが、兄はわたくしが見てほしいものは見ず、忘れてほしいことは覚えている、本当に嫌な奴でございます。
そういえば、ついに兄はコーヒーメーカーから卒業いたしました。
朝から仕事で、わたくしが急いでササっとコーヒーを提供してしまう日が3~4日続いたからでございます。兄はコーヒーメーカーの手順を一段と忘れ、わたくしがいちいち指示しないと前に進まなくなりました。
兄が「不器用だからさ」と自分を表したので、わたくしは喉の奥で「(高倉の)健さんかっ!“自分、不器用ですから…”じゃないのよ!」と突っ込んでしまいました。
でも「わからないから」ではなく「不器用だから」を選択した言葉のセンスはなかなかでございます。今はコーヒーメーカーのスイッチを入れるまではわたくしで、出来上がったコーヒーをカップに注ぐのが兄のお仕事になりました。
おかしな言動は、わたくしがZoomでお仕事をした日にも起こりました。
いつもZoom取材の際は、兄には自室にこもっていただき、終了後に「ど~もありがとう。終わったよ~」と兄の部屋をノックするのが通例です。先日は「終わったよ~」のノックをしても出て来ないので、わたくしはそのままスーパーへ買い物に行きました。そして帰ってくるとリビングでテレビを観る兄とこんな会話になりました。
兄「どこに行ってたの?」
わたくし「いつものスーパーだけど」
兄「え?もうやってた?」
わたくし「うん、普通にやってた。え?もう夕方だよ」
兄「え?夕方なの?」
わたくし「朝の番組やってないでしょ。もう5時なのよ、夕方のね」
兄「え~っ。夕方なのか…」
テレビを観ていても、外の様子を眺めても朝と夕方の区別がつかず、窓の外に向かって「朝じゃないんだ…」と何度も呟く兄がさすがに不憫になったツガエでございます。
つづく…(次回は11月26日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ