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大河ドラマ『太平記』の偉業。『麒麟がくる』の脚本家がタブーを超えて挑んだ南北朝時代

 明智光秀の苦悩の日々を描くNHK大河ドラマ『麒麟がくる』が、コロナ禍を超えて現在放送中。脚本家の池端俊策は、同じ大河ドラマ『太平記』も手掛けている。バブル崩壊の1991年に放送され、華やかなキャスティングから「トレンディ大河」とも呼ばれた名作を、配信サービスを利用して『麒麟がくる』と並行してみる贅沢。歴史ドラマに詳しいライター、近藤正高さんが解説します。

大河ドラマ初の南北朝時代

 現在、NHKのBSプレミアムで日曜朝6時から大河ドラマ『太平記』(1991年)が再放送中である。29年前の本放送時には中学生だった筆者は懐かしさもあり、4月にスタートしてからというもの毎週、そのあとに放送される『よみがえる新日本紀行』とあわせて欠かさず見ている。NHKオンデマンドでも、再放送済みの回が順次配信中だ。

 吉川英治の長編小説『私本太平記』を原作とする『太平記』では、室町幕府の初代将軍・足利尊氏を中心に、後醍醐天皇や楠木正成など強烈な個性の持ち主たちがぶつかり合った鎌倉末期から南北朝の動乱の時代が描かれている。再放送は9月中には第26回まで来て、全49回のうち半分をすぎた。劇中の時代でいえば鎌倉幕府が滅び、後醍醐天皇による建武の新政が始まったものの、尊氏ら武家と公家とのあいだに亀裂が生じ出したころだ。

 大河ドラマで南北朝時代がとりあげられたのは、本作が初めてである。そもそも皇国史観が支配的だった戦前においては、この時代、とりわけ北朝の存在に触れることは学界でもタブーとされてきた。足利尊氏は、当初こそ後醍醐天皇の決起に応じて鎌倉幕府を倒すのに大きく貢献したものの、のちに天皇の立てた建武政権に反旗を翻したため、「逆賊」と見なされた。対照的に、楠木正成は最後まで後醍醐天皇について戦った「忠臣」として崇め奉られたが、戦後はイメージがガラリが変わる。それだけに、両者の活躍した時代をドラマで描くのは難しいと考えられたのだ。NHKの内部でも、本作が企画された際には慎重論があいついだらしい。しかし、当時の放送総局長は「皇国史観を引きずった昭和が終わり、時代は平成に変わった。やるならいまだ」と判断し、理事会を説き伏せて実現させたという(鈴木嘉一『大河ドラマの50年 放送文化の中の歴史ドラマ』中央公論新社)。

「トレンディ大河」とも呼ばれたゆえん

 本作が放送された1991年といえばバブル崩壊の年だが、テレビの世界はまだ不況どこ吹く風であった。惜しみなく制作費を注ぎ込み、大規模なセットが組まれるなどした。ちょうどトレンディドラマ全盛期でもあり、その手のドラマに出演していた若手俳優も多数起用されている。主人公の尊氏役には真田広之を据え、その脇を高嶋政伸、宮沢りえ、後藤久美子、本木雅弘、柳葉敏郎、陣内孝則などが固めた。「トレンディ大河」とも呼ばれたゆえんである。なかでも陣内は、「婆娑羅(ばさら)大名」の異名をとった佐々木道誉を演じ、毎回派手な着物をまとって登場しては、おのれの利益しだいで尊氏の味方についたり寝返ったりするさまを軽妙に演じた。その調子のよさは人気ドラマ『愛しあってるかい!』(1989年)などで見せたコミカルなキャラクターにも通じる。

 また、このころ兄・政宏とともに注目され始めていた高嶋政伸は、ドラマでも尊氏の弟・足利直義を演じている。再放送ではまだ先の話だが、室町幕府成立後、兄弟は「観応の擾乱」と呼ばれる争乱を引き起こすことになった。一方、初主演映画『ファンシィダンス』(1989年)で俳優として一躍評価された本木雅弘は、後醍醐天皇に仕える武将・千種忠顕の役で登場、そこはかとない色気を感じさせる。さらに後藤久美子はちょっとひねって、天皇の信任厚い公卿の北畠親房(近藤正臣)の嫡男・顕家という美少年の役で出演し、視聴者の意表を突いた。

 本作では武将や公家だけでなく庶民も生き生きと描かれている。宮沢りえ・柳葉敏郎が演じるのは藤夜叉と猿(ましら)の石という幼馴染で、いずれも身寄りのなかったのを花夜叉(樋口可南子)という女が率いる田楽一座に引き取られ、各地を転々とする。藤夜叉は、京で一晩だけすごした尊氏とのあいだに男児を儲けた。この子こそ、のちに直義の養子となり、実父の尊氏と争うにいたった悲劇の武将・足利直冬(筒井道隆)である。まったくの余談ながら、ここまであげた本木・宮沢・樋口がそろって篠山紀信撮影のヌード写真集で話題をさらったのもこの年、1991年のことだ。

 1991年には『101回目のプロポーズ』という大ヒットドラマも生まれたが、同作で主演を務めた武田鉄矢は『太平記』では楠木正成という大役に抜擢されている。チーフプロデューサーの高橋康夫は、正成を従来の忠臣のイメージから離れ、人間臭い平和主義者たる“河内のオッサン”として描こうと思い、武田を起用したという(『大河ドラマの50年』)。それまで『3年B組金八先生』シリーズでの体当たりで生徒たちにぶつかっていくイメージの強かった武田だが、正成を演じているときはじつに冷静沈着で、その後彼がこんこんと説教を語って聞かせる芸風に転じたのは、本作がきっかけではないかという気さえする。

片岡鶴太郎が演じた北条高時

 後醍醐天皇は、歌舞伎界から片岡孝夫(現・仁左衛門)が演じて威厳を示したが、ときには女性との情事も描かれるなど結構踏み込んでいた。天皇は鎌倉幕府への謀反の罪で隠岐に流されると、小宰相(佐藤恵利)という若い妃と関係して子を身ごもらせる。だが、島から脱出する際、彼女はもうひとりの愛妃の阿野廉子(原田美枝子)に小船から海へ突き落されてしまった。廉子の嫉妬と冷酷さをうかがわせるシーンであった。

 このほか、尊氏の少年時代からのライバルである新田義貞は、当初、萩原健一が演じたものの、病気のため途中で根津甚八に交代するなど、話題には事欠かなかった。しかし、何と言っても『太平記』の前半において私のなかで強く印象に残るのは、鎌倉幕府の14代執権で最後の得宗(北条家の当主)の北条高時である。

 片岡鶴太郎が演じた高時は、肝心の政治は内管領の長崎円喜(フランキー堺)など実力者たちに任せ、田楽や闘犬にうつつをぬかし、さらには顕子(小田茜)という少女とまるで子供のごとく遊びほうけてばかり。そんな彼を、母親の覚海尼(沢たまき)は、名執権だった父・貞時に負けぬ執権にしてみせると息巻くも、本人はかえってプレッシャーを感じ、ますます自信を失う。ロリコンにしてマザコンで、内にこもりがちな高時の姿に、どこか現代の青年に似たものを感じずにはいられない。

 そんな高時がようやく得宗らしいところを示したのは、鎌倉が尊氏と通じた新田義貞に攻められ、一族郎党がゆかりの寺院に入って最後を迎えたときだった。このとき、春渓尼(木村夏江)という尼僧が高時のもとを訪ね、すでに避難した覚海尼からの伝言として「人の死の後先などは束の間のこと、どうぞお取り乱しなく、北条九代の終わりを潔くあそばすように」と告げる。そう言われて高時は刀を手に取るも、一旦は敵の接近にひるんだ。しかし、女たちが取り囲んで読経するなか、ついに自刃する。最期の言葉は、「春渓尼……高時、こういたしましたと……母御前へお伝えしてくれ……」であった。これに続いて北条家・幕府の者たちはことごとく自害して果て、鎌倉幕府は滅亡する。母のため、一族のため、高時が果たした最初で最後の大仕事が、幕府を滅亡させることだったというのが、何とも切ない。

『太平記』と『麒麟がくる』の共通点

『太平記』で脚本の大半を手がけた池端俊策は、現在放送中の大河ドラマ『麒麟がくる』のメインライターでもある。担当するにあたってインタビューに応えた池端は、『太平記』で室町幕府を開いた足利尊氏を書いたあとで、いつかは室町幕府の後期を書きたいと思っていたと述べている(『麒麟がくる』公式サイト)。そこで選んだ主人公が、室町幕府最後の将軍・足利義昭とも近かった戦国武将・明智光秀であった。

『太平記』と『麒麟がくる』を並行して見ていると、作者が同じだけに、重なり合うところも少なくない。なかでも大きな符合は、『太平記』における一色右馬介(大地康雄)と、『麒麟がくる』における菊丸(岡村隆史)の存在だ。いずれも架空の人物であり、右馬介は尊氏、菊丸は松平元康(のちの徳川家康/演じるのは風間俊介)を見守りながら、情報収集のため身分を隠して諸国をまわっている点で共通する。しかもいずれも三河(現在の愛知県東部)に縁がある。

 右馬介は、尊氏が生まれる直前、北条に謀反をはかって追われた一族の残党のひとりだった。残党たちは逃げ続けた末、下野(現在の栃木県)の足利家を頼り、一旦は匿われる。だが、尊氏の父・貞氏(緒形拳)は屋敷を北条軍に包囲され、やむなく残党たちを外に出した。それでも、ただひとり少年だけ自分のもとにとどめ、領地である三河の一色氏に預けたのだった。成長した右馬介は足利家に戻ると、尊氏の影のごとく活躍するのだが、鎌倉幕府滅亡ののち、再放送での最近の登場回では、尊氏に引退を申し出て驚かせた。

 これに対して菊丸は、当初、光秀(長谷川博己)と会ったときは三河の農民を名乗っていたが、そのうちに、まだ竹千代という名前だった幼いころの家康を見守る様子が描かれ、松平家に何らかの関係があるということがわかってくる。かくてその正体は、家康の生母・於大と水野家(於大の実家)に仕える乱波(忍者)であった。『麒麟がくる』の放送休止後に再開してからはまだ彼の出番はないものの、いずれさらなる活躍を見せることだろう。

『太平記』と『麒麟がくる』の共通点はほかにも、それぞれ花夜叉と伊呂波太夫(尾野真千子)という旅芸人一座の女座長が物語にかかわってくることや、主人公が若い頃に京で新しい世の動きを知り、身分の低い女性と関係することなど、いくつかある。後者の女性には、『太平記』においては尊氏の子を儲けた藤夜叉であり、『麒麟がくる』では、旅一座で諸国を回ったのち医師の助手を務めながら、京で光秀と出会って以来、何かにつけてかかわる駒(門脇麦)が相当する。彼女たちもまた架空の存在ではあるが、物語がダイナミックに展開していくうえで重要な役割を担っている。そんなふうに多彩な人々が活躍することこそ両作の大きな魅力だ。

 そういえば、『麒麟がくる』の前半で光秀が使えていた美濃の守護代・斎藤道三を演じたのは、『太平記』ではまだ若かった本木雅弘だ。30年近くを経て、50歳をすぎた本木の道三はじつに堂々として、油断ならない雰囲気を漂わせていた。先週放送の『麒麟がくる』第25話では、陣内孝則演じる茶人の今井宗久が初登場した。『太平記』で日野俊基役だった榎木孝明も、ここへ来て光秀が一時身を寄せる朝倉家の家老・山崎吉家を演じている。今後は、片岡鶴太郎も今回は室町幕府の実力者・摂津晴門というヒール役で登場する予定だ。

 他方、『太平記』の再放送で今後楽しみなのは、尊氏の執事である高師直(柄本明)が、室町幕府成立後、しだいにヒール役として君臨していくさまである。何を考えているかわからないが、ときに欲望をむき出しにして人間臭さを垣間見せる師直を見るうち、中学時代の私はすっかり柄本明のファンになってしまったのだった。

 果たしてこれから室町幕府はいかに誕生し、そして滅亡していくのか。同じ脚本家の手になる新旧の大河ドラマを並行して追いかけることで、ひとつの時代の始まりと終わりを見届けられるとは、なかなか得がたい体験ではないだろうか。

『太平記』NHKオンデマンドにて配信中

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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