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連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第50回 怒りの口パク]

「若年性認知症を患う兄は温厚な性格です」と語るライターのツガエマナミコさんが、その兄との2人暮らしの日々を綴る連載エッセイ。会社を退職した後は、ほぼ家で1日を過ごす兄と、職業柄、在宅での仕事の多いツガエさん。そんな2人は自ずと一緒にいる時間が長くなり…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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 * * *

イライラと怒りの正体

 誰しも生きていれば、多かれ少なかれイライラするものでございます。わたくしも兄との二人暮らしではイライラが絶えません。理由はわたくしばっかり働いて三度三度ご飯を作って、兄のパンツの購入から将来まで考えなければならないのに、兄はテレビを見てばっかりでムカツクといった些細なことでございます。

 様々なこじつけで自分を慰め、圧倒的な被害者感情を有意義でポジティブな何かにすり替えながら暮らしおりますが、ときに仕事が思うように進まなかったり、作った料理が全品不味く出来上がってしまったときなどは、もういけません。不機嫌が顔や態度に出てしまうのです。呑気にテレビを観る兄の背中は、わたくしのイライラの火に油を注ぐようなもの。とはいえ兄に罪はありません。

 要は、わたくしの日常は「っんなんだよ。なんであたいばっかりこんな思いすんのよ」という感情と、穏やかになろうとこじつけを探す理性とのイタチゴッコでございます。

「怒らない人間になりた~い」と古めかしいアニメのような雄たけびを上げながら感情の起伏の波を泳いでおります。

 そんなある日の新聞に「怒りの正体」という特集が組まれておりまして、迷えるわたくしは思わず喰いつきました。

「怒りは厄介な感情だ。自分の怒りを制御するのも、他人の怒りを鎮めるのも難しい」という一文で始まり、「じゃあ、ただの悪者かといえば、世の中を変えるために『もっと怒りなさい』という人もいる」と続き、「怒りの正体を探して世界の現場を訪ね歩いた」という入口にいざなわれました。

 その特集は、世界の紛争や対立を事例に、多様性社会への可能性を探る的な全体像で、わたくしのようなアホな知性と経験しかない人間にはポッカ~ンなスペシャルグローバルな内容でした。ただ、ところどころにハミ出し記事のようなコラムがあり、それがなかなか面白かったのでございます。中でも「脳科学から見る怒り」はとても興味深く拝読いたしました。

 それによると「怒り」は下等動物にもある本能で、動物が生きるためには必須なものとのことでございます。なんとなんと、トカゲのような生き物にもある原始的な感情で、命が脅かされる危機に直面したとき、怒りによって「火事場の馬鹿力」を出すという極めて重要な役割を担っているのです。ただし、人間やサルといった高等動物になると発生した怒りを抑える脳も発達し、本能を抑えるのだそうです。

 確かにわたくし、しょっちゅうイライラはするものの、兄に対して刃物や鈍器を持ち出して怒り出すことはございません。人間らしく本能は抑制しているのですが、発生した怒りはどうしているかというと兄に見えないところで「バーカバーカ、イーーーッだ!」と口パクしたり、ありったけの力を込めてゴミ箱にティッシュを投げ込むといったおサルさん並みの抑制力でギリギリしのいでいるのでございます。

 そんなふうに日々怒りに憑りつかれているわたくしにとって、「怒りは生存になくてはならない原始的なもの」と知れたことは非常に心強い救いになりました。

 罪のない兄に怒りを感じることは「良くないこと」「器が小さい」「ダメな妹」と自分を責めがちでしたが、「本能ならば仕方あるまい」と開き直ることができるからです。

 さらにこの特集の別コラムには、こんなことも書いてありました。

「私たちが怒りを感じるのは特定の誰かや出来事ではなく、『こうあるべきだ』と信じている自分の理想と現実のギャップだ」

 まさにわたくしは兄に「こうあってほしい」という理想を抱き、現実とのギャップに腹を立てていることにハッとしました。さらに日本人は「和を尊ぶ」ゆえに怒りを溜めやすく、怒りによって他人ではなく自らを攻撃しやすいということが書かれておりました。「それはわたくしのことだ」と思ったのはいうまでもございません。

 結局、怒りは本能であり、イライラも当たり前だからこれからも「バーカ、バーカ」と口パクしながら暮らしていこうと心新たに思った次第でございます。いやはやどうも単細胞すぎる結論で申し訳ございません。

つづく…(次回は7月23日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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