日本一かっこいい介護福祉士!杉本浩司が会いたい人|すごい90歳・奥村正子さん<後編>
“日本一かっこいい介護福祉士”杉本浩司さんが会いたい高齢者にインタビューするこの企画。第1回のゲストは72歳で始めたベンチプレスの世界大会で5回の優勝を誇る奥村正子さん。後編では、現役最高齢女子選手として90歳になっても活躍できる秘密をさらに聞いていく。
「10か月で30kgを上げられるようになって、優勝してしまいました」(奥村さん)
杉本さん(以下、敬称略):健康のために食事と水分摂取に気を配っていらっしゃるというお話をお聞きしましたが、いよいよアスリートとして運動の部分をお聞きしたいです。
奥村さん(以下、敬称略):私自身は何か特別なことをしている意識はないんですよ。皆さん、いろいろなことを聞いてくださいますが、「私は普通です」といつも申し上げています。ベンチプレスを始めたのは72歳のときから。それまではまったく縁のない世界でした。2年前に亡くなった主人と、私が50歳のときにゴルフを始めたのですが、それまではほとんどスポーツの経験はありませんでしたね。ゴルフは65歳まで15年間熱心にやっていて、スコアが100を切れるようにもなっていました。
主人が交通事故に遭って、リハビリのためにジムに通い始めたのがベンチプレスと出合ったきっかけです。そこで目にしたベンチプレスを試しに始めてみたところ、努力すればするほど、どんどん重いものを持ち上げられるようになることが楽しくなって、すっかり虜になってしまいました。始めて10か月で30kgを上げられるようになり、周りの方から勧められて市民大会に出てみたら、なんと70歳以上の部で優勝。すっかりその気になって、ベンチプレス専門のジムを探して、夫と共に週2回、トレーニングのために通うようになり、信頼できる会長さんのもとで世界大会を目指すようになったんです。
杉本:トレーニング以外で、日常的に意識して運動はされていますか。
奥村:車が好きで運転を楽しんでいたのですが、免許を返納してからは歩くことを楽しんでいます。家から駅まで2kmの道のりを歩いています。以前は足早に歩いていましたが、最近は転ばないようにペースを落としてゆっくりと歩いています。そのかわり、足をしっかりと上げて、大地を踏みしめながら歩いています。足を引きずらないように、大股で歩くことを意識していますね。足の筋肉を触ってみてください。
杉本:足をしっかりと鍛えていらっしゃるのがわかります。私は介護の仕事を22年してきて、今は会社で社員を指導する立場になっています。社員が6000人くらいいるのですが、研修ではまさに奥村さんが実践していることと同じ話をしています。
高齢になって、膝下がパンパンにむくんでしまう方がいらっしゃいますが、運動して第二の心臓と言われているふくらはぎを動かすと、筋肉が収縮して血管を押して、血流が良くなり、足がむくまなくなります。かかと上げ運動などが効果的です。奥村さんはしっかり歩いていらっしゃるからむくまないんですね。
「奥村さんがお若い理由はよく喋ることですね」(杉本さん)
杉本:奥村さんが毎日を過ごす上で大切にしていることは何でしょうか。
奥村:日々、楽しく過ごすことですね。周りには「あなた、何がそんなに楽しいの?年を取って何が楽しいの?」と言われていますが、嫌なことばっかり考えていたら、生きるのが面白くなくなって当たり前です。私は前向きに、日々感謝しながら生きています。ベンチプレスでは皆さんに応援してもらえますし、楽しいと思って生きていかないと。
人の悪口や噂話ばかりしているのもダメですね。そんなことを話していて何になりますか。楽しみというのは自分で作るもので、人から与えられるものではないんです。自分の気持ちの持ちようですよね。
初めて色紙を書いたときには「生涯青春であれ」と書きました。「私は年寄りだから…」となったらダメです。今1番気をつけているのは、どのような言葉を使うかです。以前、脳梗塞で倒れたことがあるのですが、そのときに12日間入院しました。状態が落ち着いたので世界大会に出たいと医師に伝えたところ、当然止められたのですが、「あなたにはまだ先があるでしょ」という言葉をいただきました。その言葉を私は今でも大事にしています。その言葉を胸に刻んで、焦らずにトレーニングを続けたら、南アフリカ大会で金メダルを取ることができました。ダメだと言われたら落ち込んでしまうところですが、前向きな言葉をかけてもらえたので今があります。
杉本:今日お目にかかって、奥村さんが若々しい理由の一つが分かりました。よく喋ることですね。喋ることは脳に刺激を与えるので、とてもいいことです。奥村さんは、本当に健康のためにいいことしかしていないですね。私が介護施設に入っている方に「こういうことをすると元気になりますよ」と伝えていることをほとんど実践されていらっしゃるのがすごい。
奥村:私はお友達と話すときも、相手が言っていることを理解して、どう返せばいいかを考えています。人と話すことは好きですし、新しいことを知ったり、勉強することも楽しみです。
杉本:オリンピックの聖火ランナーにもご応募されたとお聞きしました。
奥村:私たちの世代は戦争の中で育って、戦後は今の平和な日本を築くために一生懸命に働きました。そういう人たちがまだ元気でいらっしゃいます。この平和な時代を生き抜きましょう、楽しみましょうということを伝えるために、みなさんの代表として走りたいと思って応募しました。残念ながら選ばれませんでしたが、次の目標の世界大会に向けて気持ちを切り替えてトレーニングを続けています。
子供のときから戦争の中で暮らしていたので、平和を楽しまないといけないですね。人生というのは日々新たなんです。今日は昨日の続きではなくて、明日は今日の続きではないんです。明日はどんな人に会えるのかな、どんなことがあるかなと毎日考えるのは楽しいです。朝起きたときは、今日も元気でやるぞと力がみなぎっています。「100歳でも世界チャンピオンを目指しましょう」と周りの方に言われているので、そこを目標に頑張ります。
●取材を終えて――杉本浩司の目
私は講演会ではいつも「制限をつけるな」という話をしています。環境など何かのせいにして、自分の行動に制限をつけていたら、何もできなくなってしまいます。奥村さんにはそれがまったくないですね。あれだけ活動的だったら、お元気なのも当然だと思いますし、本当に年齢は関係ないと改めて思いました。
もう一つ印象的だったのが、奥村さんのお話は過去ではなく、現在や未来のお話が多いこと。私も講演をするときには昔と同じ話ではなく、毎回違う、未来に向けた話をするように心がけています。「1秒先の未来を考えよう」と。過去のことを引きずっても仕方がないから、未来を考えて次の行動をしようと言っています。
奥村さんの元気の秘訣は、食べること、運動すること、水分を摂ることを徹底されていることです。奥村さんが紹介してくださったことはいいことずくめなので、できることから真似してみるのもいいでしょう。
奥村正子さん
1930年7月7日、横浜生まれ。世界マスターズベンチプレス選手権で5回の優勝を誇る現役最高齢の女子ベンチプレス選手。主婦として子育てをし、36歳のときから学んだ英語を使って仕事をしていたがスポーツ経験はなし。72歳で夫と共に始めたジム通いをきっかけにベンチプレスに熱中。2013年にチェコで行われた世界大会で初優勝。その後、イギリス、アメリカで行われた世界大会を制し、3連覇を達成。2018年の南アフリカ大会、2019年の日本大会でも優勝し、5つ目の金メダルを獲得。
著書に『すごい90歳』(ダイヤモンド社)がある。
聞き手/杉本浩司さん
1977年、千葉県生まれ。介護施設の施設長などを経て、2018年9月にメディカル・ケア・サービス株式会社入社。現在は西日本事業統括部岐阜事業部部長・認知症戦略室副室長を務めている。これまで培ってきた自立支援介護のノウハウをもとに、誰でも、どの施設でも介護が必要な方の自立支援ができる仕組み作りに取り組んでいる。社外では“日本一かっこいい介護福祉士”として、年間70回以上の講演やメディア出演、介護職員のユニフォームのプロデュースなど、介護の仕事の魅力を向上させる活動に取り組んでいる。
取材協力
日本パワーリフティング協会:https://www.jpa-powerlifting.or.jp/
TXP(パワーリフティング・ウエイトリフティング専門ジム):http://t-x-p.com/
撮影/津野貴生 取材・文/ヤムラコウジ
●日本一かっこいい介護福祉士!杉本浩司さんが会いたい人|すごい90歳・奥村正子さん<前編>