運転寿命を延ばす『運転脳トレ』で判断力・注意力・同時処理力など“運転脳”を強化
75才以上の免許保有者数は約564万人。この高齢運転者による死亡事故は460件で、全体の約13%を占める(※2018年度警察庁公表データより)。踏み間違い、逆走、交差点衝突…などで加害者にならないために、さっそく始めませんか?
高齢ドライバーによる事故が相次ぎ、運転寿命に限界を感じる人も増えている。それに伴い、免許返納を考える人も多いが、「免許を返納すべきかどうか、自ら判断できる方法がある」と脳内科医の加藤俊徳さんは言う。将来を見据えて末長く安全運転をするためにも、この特集の脳トレを行い、今の自分を客観視することから、さっそく始めよう。
免許返納後は要介護になるリスクが高くなる
老親や自分が免許を返納すべきかどうか、返納してしまったらどうなるのかを気にしている人は多い。
「実は、免許返納後に要介護になるリスクは運転を続ける人の約8倍といわれています。アルツハイマー型認知症の初期段階では問題なく運転できる人もおり、75才以上のドライバーの死亡事故統計では、その半分は第3分類(健常者)によるものだったというデータもあります。昨年、認知機能検査を受けた約200万人中、第1分類(認知症の恐れあり)は、わずか3%だったのも事実です」
そう話すのは「高齢者安全運転支援研究会」事務局長の平塚雅之さん。
「最近は、認知症が高齢ドライバー事故の主な原因ではない、との論調に変わってきています。認知機能を疑う前に身体的衰えに注目し、高齢ドライバー=危険と一括(くく)りにせず、いかに運転寿命を延ばすかを考えるべきです」(平塚さん)
また、脳内科医の加藤俊徳さんも「そもそも基礎的な運動神経や、運転できる体力があるかどうかを確認することが先決」と指摘する。
「自分の身体能力を確認し、日々体を動かして脳を刺激することにより、運転に関係のある記憶力・判断力・注意力・空間認識力・同時処理力などの“運転脳”は、鍛えることができます。認知症テストはその上で行うべきです」(加藤さん・以下同)
たとえば、下の【テスト1】のイラストのように、あなたは「片足立ち」で20秒以上立っていられるだろうか?
「片足で立ち続けるには、バランスを取るために、視覚と空間認識能力が大きな役割を果たします。ぐらついて倒れる人もいますが、その場合、平衡感覚の低下が考えられ、認知症の疑いも出てきます。このような簡単なテストを行うことで、どの機能が低下しているかが客観視できます。さらに、これを運転脳トレとして毎日行えばバランス感覚なども鍛えられる。高齢者だけでなく、すべてのドライバーに行ってほしいですね」
以下に、加藤さん考案の運転脳トレを紹介します。
●【テスト1】「片足立ち」で20秒以上、立っていられますか?
「片足立ち」をキープできるのは、バランス感覚や足裏筋~大腿筋が充分機能している証拠。目標の20秒を保てない場合は筋力低下や平衡感覚に問題が。
「1日に3回程度行うことで、足裏と大腿筋が鍛えられます。さらに、目を閉じることで小脳と運動系も鍛えられ、ブレーキを踏み間違えない判断力や、アクセル操作をする際の足感覚が向上します」(加藤さん)。
“体をコントロールする体力&運動神経”をチェック&トレーニング
「認知機能チェック以前に、運転に必要な反射神経や体力の有無が重要」と話す加藤さんが推奨するのが、上記の【テスト1】からの7つの運転脳トレだ。体を動かすことで逆に脳も鍛えられるものばかり。自己点検しつつ、日々練習しよう!
●【テスト 2】 飛び出しやパニック時に対応できるかをチェック!
【やり方】
(1)左足の後ろに、一直線になるように右足をおき、背筋を伸ばして立って目を閉じる。
(2)左右の足を逆にして、同様に行う。
足を前後に並べた綱渡りのような姿勢で、目を閉じて立っていられるかをテストしてみよう。
「視覚が遮断されているため、左脳と右脳の働きが混乱し、足裏から体幹までの全身の筋肉を使って体はバランスを取ろうとします。この体勢でバランスが取れれば、緊急時の対応も難なくできますが、転んでしまうような場合は要注意。鍛える必要があります。毎日1回以上気づいた時に、この体勢をすることで、緊急時にパニックを起こさない危機管理力や判断力を養えるほか、脳の感情系にも作用するため、ヒヤリハット対策(*1)としても効果的です」(加藤さん・以下同)
*1:ヒヤリハット対策とは、重大な災害や事故には至らないが、作業中にヒヤリとしたり、ハッとする現象のこと。
【テスト 3】車幅や歩行者の位置など調整機能をチェック!
【やり方】
2人で向かい合い、それぞれ右手の人差し指を出します。1人がその指をできるだけバラバラの位置にさし出し、もう1人がその指先に触れる。それを1分ほど繰り返す(もう1人も同様に)。
相手が移動させる人差し指に自分の人差し指でタッチする。
「これを行うことで小脳を刺激し、視覚系と運動系の脳を使う調節能力を鍛えることができます。うまく指が合わせられず、指が震えるような場合は、小脳に何らかの障害があるかもしれないので、脳の専門家への受診をおすすめします。少しずれるくらいなら、このテストを繰り返し行ううちに、鍛えることができますよ」。
【テスト 4】サイドミラーを見る力や状況確認力をチェック!
【やり方】
ティッシュペーパー1枚を丸めて玉を作る。それを右手で目線よりも上に投げ、左手でつかむ。この時、左手の位置はなるべく変えず、玉が左手のところに落ちるように投げる(逆も同様に)。
見た目以上にティッシュ玉を取るのは難しい。
「これは動体視力を強化します。玉は手に当たると予想外に跳ね返るため、その手前の適切な瞬間につかむことが必要なので、瞬発力も鍛えられます」。
また、上げた瞬間から落ちるところまで、玉を見続ける必要があるため、サイドミラーをチェックする注意力を養うのにも効果的だ。
【テスト 5】空間認識力や車体感覚をチェック!
【やり方】
前述の【テスト2】と同様に左右の足を前後に並べて立ち、後ろ歩きを行う。この時、前足の指を後ろ足のかかとにつけること。
「歩幅を広げたり、ガニ股の後ろ歩きをしたりするのではなく、一直線になるように、足を前後でそろえる方がバランスを取りにくく、よりおすすめです。ふだん使っていない筋肉や脳を使うため、死角など見えない場所をイメージする力が向上します。特に、椅子の周りを回るなど、円運動で行うと『ここまで動いても当たらない』といった三次元イメージが強化できます。空間認識力や車体感覚を養うのに役立ちますよ」
【テスト 6】とっさにブレーキを踏むなど瞬発力をチェック!
【やり方】
肩幅くらい間を空けて、4か所にティッシュ玉を置く。イラストのようにAの位置で1、左右に移動した時は2と声を出しながら、反復サイドステップを行う。
「この運動は反復横跳び以上に、中央か右か左に体ごと移動するため、右左と左右の意識を瞬時に変える必要があり、判断力を俊敏にします。また、動きながら声を出すことで、右脳と左脳の伝達系・運動系・理解系が連動して動き、同時処理力も鍛えられます」
【テスト 7】運転席での俊敏な足さばきをチェック!
【やり方】
前述の【テスト1】の片足立ちをクロス気味に変化させ、「いーち、にーい」と声を出しながら、超スローで行うのがポイント。足は腰幅に。つま先は伸ばさず、曲げておく。
「腸腰筋や腹横筋など下腹部のインナーマッスルを鍛えるゆっくりした動きは、脳の思考系を刺激し、座席での足さばきを俊敏にします。意志力と運動能力を強化し、腰痛も予防できます」
手と足で「一人負けじゃんけん」のすすめ
他にはこんな脳トレもある。左手でグー・チョキ・パーのいずれかを作り、右手は常に負けるようにじゃんけんを行う。次に左手が常に負けるじゃんけんを行う。これを交互に10回ほど繰り返す。
「車の運転では、標識の指示などを瞬時に認識しなければなりません。この非日常的な条件での“一人負けじゃけん”では、瞬時の対応力が求められるため、瞬発力が鍛えられるのです」(加藤さん)
足指でも行えば、足裏の感覚や筋力アップにもつながるそうだ。
ストレッチで体をほぐし、血流改善&関節可動域アップ!
先に紹介した運転脳と筋肉を日々、鍛えるとともに、忘れてはいけないのが高齢者にありがちな「面倒臭がり」と「準備不足」という問題点。その解決法をお伝えしよう。ドライブ前や途中休憩時には、以下に紹介する「運転体操」を習慣に!
【運転前】肩ぐるぐる体操
(1)両手の指先を肩につけ
(2)ひじからゆっくり腕を回して、肩全体を動かす。
(3)肩甲骨を背中の中央に寄せる。呼吸を止めずに前回し、後ろ回しを各10回行う。運転前に肩甲骨周辺に多い小さな筋肉を動かし、血流と体温をアップさせると脳内の神経伝達スピードも上がる。
【休憩時】足ギター体操
運転で長時間座ったままだと、自分の体重で尻や腰まわりの筋肉が圧迫されて血行不良に。休憩時にストレッチを行うと血流が改善。気分もリフレッシュ。
やり方は、(1)椅子に座り、片足をギターに見立てて、もう一方の足の上にのせる。(2)組んだ足に手を置き、尻の筋肉が伸びるのを感じながらゆっくり軽く足を押し下げて6つ数える。左右交互に、各2回行う。
せっかちは事故のもと 準備体操で安全運転
加齢による身体能力の衰えを改善する、もう1つの方法として注目されるのが、ドライブ前と途中休憩時に行う“運転体操(高齢者安全運転支援研究会が考案)”だ。
「この体操をすると血流がよくなり、体温が上がるため神経伝達スピードも上がります。高齢者の場合は血圧が上がりやすいため急激に体を動かさず、ゆっくり行うこともポイントです。そして、安全確保のための手順や事前準備を怠らないことも大切です。なぜなら、面倒臭がって確認などを疎(おろそ)かにしたことから事故を起こす高齢者が多いのです」(前出・平塚さん)
また、高齢者安全運転支援研究会では運転時の軽度な認知障害を“運転時認知障害”と定義し、早期発見チェックリストを作成。注意を呼びかけている。体を動かして運転脳を鍛えつつ、こうしたチェックも併せて行おう。
【運転時認知障害早期発見チェックリスト30】
次の30問のうち、5つ以上チェックが入った人は要注意! 今後チェックが増える場合は専門医や専門機関での受診を検討しましょう。
※以下は上の表組と同じ内容
1:車のキーや免許証などを探し回ることがある。
2:今までできていたカーステレオやカーナビの操作ができなくなった。
3:トリップメーターの戻し方や時計の合わせ方がわからなくなった。
4:機器や装置(アクセル、ブレーキ、ウインカーなど)の名前を思い出せないことがある。
5:道路標識の意味が思い出せないことがある。
6:スーパーなどの駐車場で自分の車を停めた位置が分からなくなることがある。
7:何度も行っている場所への道順がすぐに思い出せないことがある。
8:運転している途中で行き先を忘れてしまったことがある。
9:よく通る道なのに曲がる場所を間違えることがある。
10:車ででかけたのにほかの交通手段で帰ってきたことがある。
11:運転中にバックミラー(ルーム、サイド)をあまり見なくなった。
12:アクセルとブレーキを間違えることがある。
13:曲がる際にウインカーを出し忘れることがある。
14:反対車線を走ってしまった。(走りそうになった)。
15:右折時に対向車の速度と距離の感覚がつかみにくくなった。
16:気がつくと自分が先頭を走っていて、後ろに車列が連なっていることがよくある。
17:車間距離を一定に保つことが苦手になった。
18:高速道路を利用することが怖く(苦手に)なった。
19:合流が怖く(苦手に)なった。
20:車庫入れで壁やフェンスに車体をこすることが増えた。
21:駐車場所のラインや、枠内に合わせて車を停めることが難しくなった。
22:日時を間違えて目的地に行くことが多くなった。
23:急発進や急ブレーキ、急ハンドルなど、運転が荒くなった(と言われるようになった)。
24:交差点での右左折時に歩行者や自転車が急に現れて驚くことが多くなった。
25:運転している時にミスをしたり危険な目にあったりすると頭の中が真っ白になる。
26:好きだったドライブに行く回数が減った。
27:同乗者と会話しながらの運転がしづらくなった。
28:以前ほど車の汚れが気にならず、あまり洗車をしなくなった。
29:運転自体に興味がなくなった。
30:運転すると妙に疲れるようになった。
作成:特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会 監修:浦上克哉(日本認知症予防学会理事長、特定非営利活動法人高齢者安全運転支援研究会理事、鳥取大学医学部教授)
【日常トレ】踏み間違いを予防!「ペダルステップ体操」
最後に、日常のトレーニングとして、股関節を動かすことでペダルの操作性を高める体操をご紹介します。
前の動きの場合は、(1)で片足を斜め前に出し、(2)で正面に戻して、(3)で、もう片方の足の前にクロスさせる。
後ろの場合は、(1)で片足を外側の後ろに引き、(2)で正面に戻し、(3)でもう片方の足の後ろにクロスさせる。この動きを左右の足で各2セット行う。この時、腰から上を動かさないように、股関節からしっかりと足を移動させ、自分の足が今どこにあるかを意識することが大切だ。
【教えてくれた人】
●加藤俊徳さん/脳内科医、MRI画像診断の専門家で加藤プラチナクリニック院長。「脳の学校」代表。著書『50代からの「運転脳」アップ50日ドリル』(講談社)ほか。
●平塚雅之さん/「高齢者安全運転支援研究会」事務局長。認知症予防専門士の資格も持つ。
イラスト/青木宣人
※女性セブン2019年9月26日・10月3日号
●認知症の介護をラクにする言葉がけ|「運転をやめさせたい」「薬をのんでくれない」の対処法