運転に自信のある親が円滑に免許返納した「運転卒業式」ムービーに学ぶこと
後を絶たない高齢者の交通事故をなくすには
ブレーキとアクセルの踏み間違い。高速道路の逆走。高齢者の運転による交通事故を他人事ではないと思っている子ども世代は多い。しかし、運転にまだまだ自信を持っている親にどうやって運転免許の返納を促すのか子ども世代は悩んでいるようだ。NEXCO東日本の調査では、子ども世代の約8割は「運転が危ない」と親に伝えているが、8割弱の高齢ドライバーは「運転が危ない」と子どもから言われたことがないというギャップがあることが分かっている。
高速道路の逆走をなくすことを目的としているNEXCO東日本の「家族みんなで 無くそう逆走」を監修した朝田隆氏(メモリークリニックお茶の水院長)は「高齢ドライバーが70歳になったら家族で話し合いをするべき」だと勧めている。
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NEXCO東日本のサイトに「運転ここに注目リスト」がある。朝田氏によると、このリストを使うと、運転操作、車体や車幅などの感覚、刻々と変わる道路状況の変化の確認、注意力など運転に必要な能力を包括的にチェックできるという。
→「運転ここに注目リスト」
運転免許返納をハッピーにする”運転卒業式”
実際に高齢ドライバーが運転する車に同乗し、リストを活用して運転を確認してみた結果、「そろそろ危ないな」と思っても一方的に免許を取り上げるのは逆効果。プライドを傷つけるだけで揉め事の原因になりかねない。そこで提案したいのが“運転卒業式”だ。
NEXCO東日本は、“運転卒業式”をハッピーな家族イベントにするため、家族からのすすめで「免許返納」を決めたある夫婦を描いたロードムービー「父と母の卒業旅行 ~The Last Long Drive~」を公開した。
主人公は「免許返納」を迷っている運転歴48年のドライバー・雨宮旭さん(78歳)。免許返納を渋る旭さんへ、息子と娘は妻・椿さん(73歳)との“運転卒業”ドライブに行くことを提案。旭さんと椿さんが自宅から思い出の地を巡るロードムービーがスタートする。
→WEB限定ロードムービー「父と母の卒業旅行 ~The Last Long Drive~」
ロード-ムービーにあふれている高齢ドライバーである旭さんへの気遣いや家族の思い。実はここに出てくる雨宮さん一家は、俳優ではなく本当の家族。旭さんは、今回の卒業旅行で運転を最後にし、次の免許書き換え時に「免許返納」することを決断する。旭さんと椿さんが巡るのは、夫婦や雨宮家の思い出の地。そして、東京湾アクアラインの海ほたるパーキングエリアに到着すると、旭さんには一切伝えられていないサプライズの“運転卒業式”が始まる。
このような大がかりな“運転卒業式”はできなくても、雨宮さん一家のように楽しかったドライブの思い出話をしたり、長年の安全運転への感謝の気持ちを伝えることはできそうだ。運転卒業証書を手渡せば、運転の腕が落ちたと“老人扱い”しているのではなく、身の安全を案じていることがきっと伝わるはず。
旭さんは家族から免許返納を勧められたときの気持ちをこう語っている。
「正直心ではまだまだ…という思いはありましたが、高齢ドライバーの昨今の事故のニュースを聞くと自分の身に置き換えて考えさせられます。家族に心配かけたくないし、事故が起きてからでは遅いですしね。子どもたちが勧めてきたのも、きっとそういう情報(高齢ドライバーの事故)を見て…心配になるのでしょうね、言われた時は『いずれかは』という気持ちになりました。」(旭さん)
そして、“運転卒業”ドライブやサプライズ“運転卒業式”はよい区切りになったという。
「“運転卒業”ドライブのところどころで、昔の楽しかったこと、子供が小さかった頃のことを思い出しました。サプライズのお祝いはびっくりしました。こんなにも盛大にやってもらえて…うれしかったです。撮影中に全然気配を感じなかったので、本当にびっくりしました。家族でお祝いするのは、心の区切りになります。いい思い出になりました」(旭さん)
免許返納は長期戦。成功の鍵は愛情と思いやり
高齢ドライバーに気持ちよく免許返納をしてもらうために家族は何ができるのだろうか。朝田氏にアドバイスをもらった。
「高齢ドライバーの立場になれば、まず不便、それに身分証明書代わりがなくなる、交通費が余計にかかるなど返納のデメリットは大きすぎると考えられるでしょう。そこでご家族は、まず自分たちができるだけ運転してあげるからと言ってさしあげましょう。またコミュニティバスなどの身近な公共交通機関、各自治体の返納者へのサービスなど自家用車の代替方法を調べておきましょう。なお、運転免許を自主返納すると『運転経歴証明書』の発行を申請できます。これは身分証明書代わりに使えるほか、持っていることで様々な特典が受けられます。さらに経済面では、車検代、燃料代、保険料などを考えるとバスはもとよりタクシーを使っても、その方が安いことも少なくありません」(朝田氏)
朝田氏によると、免許返納は長期戦と覚悟することがスタートだという。免許返納の成功の鍵についても聞いてみた。
「運転者に万一のことがあってはならないという愛情と思いやりがあるからこそ、あなたには嫌なことを言っているのですという気持ちが伝わることです。『思い出ドライブ旅行』がひそかなブームになっているようです。運転歴のフィナーレとして、またそんなご家族のお気持ちを表す絶好の機会としても意義深い試みだと思います」(朝田氏)
親の免許返納を考え始めた方は、“運転卒業旅行”、そして“運転卒業式”というポジティブな家族行事を企画してみてはいかがだろうか。
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教えてくれた人
朝田隆(あさだ・たかし)さん/「家族みんなで 無くそう逆走」監修。1955年生まれ。メモリークリニックお茶の水院長、筑波大学名誉教授、東京医科歯科大学医学部特任教授、医学博士。数々の認知症実態調査に関わり、軽度認知障害(MCI)のうちに予防を始めることを強く推奨、デイケアプログラムの実施など第一線で活躍中。『効く!「脳トレ」ブック』(三笠書房)など編著書多数。