「たん」は病気のサイン|黄・緑は要注意、量が多いほど危険、がんまで判明
病気を診療する時の新たなキーポイントとして注目を集める「たん」。4月には世界初となるガイドラインも作られた。医師たちが「情報の宝庫」だと口をそろえるたんは、私たち自身も、毎日の健康状態を知ることに役立てられる。誰にでもできるチェックのやり方を紹介したい。
せきとたんが長期間続く場合は『非結核性抗酸菌症』の可能性が
「長期間、せきとたんが止まらないと自覚していた30代の女性がいました。妊娠をきっかけに症状が悪化し、出産後から治療を始めましたが、最終的に片方の肺を取らなければならなくなりました。診断は、『非結核性抗酸菌症』。たんの検査と胸部X線写真検査をしていれば、もっと早く診断して治療ができたのですが…」
そう語るのは、横浜市立大学呼吸器病学教授の金子猛さんだ。
『非結核性抗酸菌症』は、健康に過ごしていた中高年の女性に近年増加している肺の感染症で、年間約1万7000人が罹患している結核よりも患者数が増えているという。結核菌とは異なり、人から人に感染することはなく、土や水などの環境中にいる菌から感染する。
「通常は進行がゆっくりですが、この患者さんのように急速に進行することもあります。あまり一般のかたに知られておらず、診断が遅れることもある。たばこを吸ったことのない中高年の女性で、せきとたんが長期間ある場合は、非結核性抗酸菌症の可能性を含めて詳しく調べる必要があります」(金子さん)
今年4月、日本呼吸器学会は、世界で初めて、たんの診断と治療指針を盛り込んだ「咳嗽(がいそう)・喀痰(かくたん)の診療ガイドライン2019」を発表した。
金子さんは、同ガイドラインのたんに関する部門の責任者を務めている。もともと、せきに関する診療ガイドラインとして作られていたが、せきの症状がある人はたんが出ることも多いことから、せきとたんの症状を一緒に扱うガイドラインとして改訂することになったという。
「たんは“汚いもの”として捉えられていて、ティッシュに出しても見ないで捨てたり、飲み込んだりすることが多いですが、たんは、のどから肺に至る空気の通り道である『気道』の状態を映す“鏡”のようなもの。病気の診断や病状の評価ができる、貴重な診療材料です。しかし、たんに関する知識はまだ広く普及しておらず、たんの症状を重視していない医師もいます。今回ガイドラインが発刊されたことで、たんの症状に注目した診療がもっと広まることを期待しています」(金子さん)
東邦大学医療センター大橋病院の松瀬厚人(ひろと)さんも、
「医師にとって、たんは宝物のようなもの」と語る。
「たんについて調べる『喀痰検査』によって、病気が発見されるケースは数多くあります。たんにがん細胞があれば肺がんと診断できますし、細菌が検出されれば結核や肺炎などの感染症が判明することもある。たばこを吸っていて慢性的にたんが出るという人であれば、慢性閉塞性肺疾患(COPD)だろうと予測できます」(松瀬さん)
医師たちがそろって「貴重な情報源」だと語り、医療界でも注目される「たん」。私たちの日常の健康状態をチェックするにも有効だという。
「たん」は出るだけで異常事態 色がついている場合は危険信号
そもそも、たんはなぜ出るのだろうか。金子さんがその仕組みを解説する。
「たんは粘液や水分など気道の分泌物に由来し、気道を乾燥から守り、呼吸によって吸い込まれた異物や病原菌などの侵入をブロックするバリア機能があります。さらに、それらを気道から排除する働きもある。つまり、たんには気道をきれいに掃除する役割があるのです」
気道の表面は分泌物で覆われており、気道の細胞には「線毛」というしなやかな毛が多数生えている。「線毛運動」と呼ばれる線毛の活動がつねに行われることで、異物や病原菌などを絡め取った粘液が、ベルトコンベヤーのように気道の外へ運び出される。これが口の中へ出てきたものが、「たん」だ。
健康な人の気道でも、ふだんから分泌物は作られているが、量が少ないため、のどまで運び出されても知らない間に飲み込んでしまって、たんとして出てこない。
「気道にウイルスや細菌による感染が起こったり、COPDや気管支喘息などの慢性的な呼吸器の病気があると、気道に炎症が生じて、分泌物がたくさん出るようになります。すると、線毛運動だけでは充分に排出できなくなり、せき込む力を借りて気道の分泌物をたんとして排出する必要が出てきます」(金子さん)
つまり、健康な人であればたんは出ず、たんが出る人は気道に異常(炎症)が起きている可能性があるということだ。
かぜをひいて少量出る程度なら問題ないが、多量に出たり、せきやたんの症状が長引く場合は要注意だと金子さんは指摘する。
「かぜをひいた後にせきとたんが長引く場合は、気管支炎や肺炎にかかっている可能性がある。稀なケースですが、肺結核や肺がんのこともあります。また、慢性的にせきやたんがある場合は、COPDや気管支喘息であることが多いです」
たばこの煙に含まれる有毒な粒子やガスを繰り返し吸入することによって肺や気道に炎症が生じ、肺が壊れて気道が狭くなりCOPDを発症する。国内に500万人以上のCOPD患者がいるといわれているが、適切な治療を受けているのは1割にも満たないという。
「一度壊れてしまった肺は再生しません。40才以上で20年以上の喫煙経験があり、せきやたんが慢性的に出る人は早めに医療機関を受診してほしい」(金子さん・以下同)
喫煙をしない人でも、たんが出た場合は粘り気や硬さなど、その形状に注目したい。
「たんの固形成分としてムチンというドロドロした粘液が含まれています。ムチンは気道の炎症が原因で分泌が増加するので、たんの粘り気が強いということは、気道の炎症が激しいことが疑われます」
色も重要なポイントとなる。白や透明であれば細菌感染を心配することはほぼないが、色がついている場合は要注意。
「黄色や緑色のたんが出る時は細菌感染が疑われ、抗菌剤の服用が必要になることが多い。このようなたんは、膿性のたんと呼ばれ、粘液に細菌と、細菌を殺すために集まってきた白血球が混じりあっています」
ただし、鼻炎や慢性副鼻腔炎(蓄膿症)などの症状がある場合に、鼻水がのどの奥に落ちてきたものをたんと間違うこともある。鼻水が出る場合は、耳鼻科の病気も想定しておこう。
たんとともに、ほかの不調が伴う場合は、即刻受診すべきだと松瀬さんが補足する。
「38℃以上の高熱が出て、色のついたたんが出る時は肺炎の疑いがあります。鉄さび色のたんは肺炎球菌が原因とされる肺炎の特徴などといわれ、診断につながることもある。疑いのある場合は呼吸器専門医がいる病院をすぐ受診してください」
また、たんの中には、卵が腐ったような悪臭がするものもあるという。その場合は、肺膿瘍(肺化膿症)の可能性がある。炎症によって肺組織の一部が破壊され、それによってできた空洞に膿がたまる病気だ。発熱、倦怠感、寝汗といった症状が見られ、誤嚥しやすい高齢者に多い。
冒頭の非結核性抗酸菌症は、血の混じった“血痰”が出て発覚することもある。血痰はほかにも、肺がん、肺結核、肺炎、心不全などさまざまな危険な病気で見られる危険信号だ。
「血痰が出たということは、肺から出血している恐れもある。大量に出血して肺に血がたまると窒息してしまうので、一度でも血痰が出たら、迷わずに病院へ行きましょう」(松瀬さん)
いずれのケースも、たんの状態に注目していれば自分で気づくことができる。ただの汚物だとないがしろにせず、貴重なサインを見逃さないようにしたい。
去痰剤は治療の補助
では、たんが出るのを防ぐにはどうしたらいいだろうか。症状を改善してくれるのが、「去痰薬」だ。
一般的に処方されることが多いのは、「ムコダイン」や「ムコソルバン」で、病院の処方薬だけでなく、薬局やドラッグストアで購入できる去痰薬にも同成分が配合されている。
ただし、勘違いしてはいけないのは、これらの「去痰薬」には、たんそのものを減らしたり止めたりする効果はないということ。松瀬さんが解説する。
「去痰薬とは、肺や気道からたんを出しやすくして、一緒に細菌などの異物を出すことを促す薬です。ムコダインは、粘り気が強くて硬くなったたんをサラサラにして、出しやすくするほか、荒れている粘膜を修復する効果もあります。ムコソルバンは、たんのベタベタを滑らかにします」
そう聞くと、のどにたんが絡んで気持ち悪い時、去痰薬を服用すればスムーズにたんが出せると思ってしまうが、松瀬さんは
「のどにたんが絡む程度であれば、薬は必要ない」
と話す。
「そもそも去痰薬は、肺に入ったたんを排出することが目的の薬です。のどにたんが絡むといいますが、そこまで出てきているのであれば自力で外に出すことができますし、薬をのんでも、のどに絡むたんには効き目がありません」(松瀬さん・以下同)
もともと、人には自分で肺からたんを排出できる力がある。主に薬を必要とするのは、その力が弱り、肺の中にたんがたまって酸素濃度が下がっている高齢者だ。
また、去痰薬は病気そのものを治す効力はなく、あくまで治療の「補助」として使われる。
「たとえば肺炎なら、抗菌剤で肺炎の菌を殺すことがたんを止める根本的治療になる。去痰薬は、抗菌剤のサポート役です。軽いかぜなら、安静にして、のど飴をなめたり、水を飲んだりしていれば、自然にたんを吐き出したり飲み込んだりできるというのが専門医の考えです」
細菌の塊ともいえるたんを飲み込んでも大丈夫だろうかと不安になるが、胃酸によってウイルスや細菌はほぼ死滅するため、飲んでしまっても問題ないという。
せき止め薬には要注意
それよりも、かぜをひくとつい頼ってしまいがちな、「せき止め薬」に注意したい。
「せきはたんを出すために出ています。たんは、体に不要なものを排出する便のような存在ですから、どんどんせきをして、どんどんたんを出した方がいい。特に、お年寄りや寝たきりの人は、無理に薬でせきを止めると、肺にたんがたまって肺炎になるリスクを高めます。せき止め薬をのむのは、よほど苦しくて眠れない時や、激しいせきによって肋骨にひびが入った時くらいにした方がいい」
なお、喫煙によりCOPDを発症している人は気道がせまくなって、たんが増えているため、吸入タイプの薬で気道を広げながら、去痰薬を併用することが多い。
たんとせきは同時に出ることが多い一方で、たんが絡まないせきもある。
「たんが出るせきは“湿性”出ないせきは“乾性”といいます。医師にとっては、喀痰検査からいろんなことを調べられる湿性のせきよりも、手がかりが少ない乾性のせきの方が診断が難しい。一般的に、たんが絡まないせきの方が病状が軽いというイメージがありますが、そんなことは決してありません」
乾性と湿性、どちらのせきも3週間以内の急性のせきであれば、かぜによる症状であることがほとんどだというが、乾性のせきが続く時はせき喘息の可能性もある。長引く場合は体の異常だと考え、速やかに受診したい。
そして、受診した際には、「たんの状態を医師に報告してほしい」と金子さんが言う。
「たんは健康のバロメーター。赤ちゃんが便をした時、その状態を観察して、健康状態をチェックするのと同じことです。特に慢性の呼吸器の病気でたんが出る場合は、毎日のたんの変化を観察することが重要です。新たにたんが出た場合にも、粘り気などの形状や色以外に、におい、量、たんの切れを確認して伝えてほしい」(金子さん)
私たちが、特別な機器を用いず、自分の目で健康状態を確認できるものはあまりない。たんが出るということは、それだけで体に異常があるということ。さらに、たんの状態によって、危険の「サイン」が変わってくるということを肝に銘じておきたい。
※女性セブン2019年9月5日号
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