特養調査のプロが教える「よい特養の見分け方7つ」&「先進的な取り組みの施設20」
歳を重ね、自宅で暮らすことが困難になった時、選択肢となるのが「老人ホーム」への入居だ。だが、“長生きリスク”があるなか、高額な入居一時金を捻出した上で、毎月の利用料を払い続けられるのか――
そんな不安を抱える人が見逃してはいけないのが利用料の安い公的施設「特養(特別養護老人ホーム)」だ。数十万人が“順番待ち”をしているといわれるが、実は多くの人が「終の棲家」にできる可能性が高い。
「特別養護老人ホーム(以下、特養)」は、民間が運営する有料老人ホームと違い、社会福祉法人や自治体などが運営する公的施設に位置づけられる。全国に9645施設があり、約57万人の高齢者が暮らしている。
ケアタウン総合研究所の高室成幸所長が解説する。
「民間の有料老人ホームは入居金が数千万円、月々の利用料が数十万円という高額な施設も珍しくありません。一方、特養は利用料が月額数万円から、高くても20万円弱です。だからといって“安かろう悪かろう”ではありません。先進的な取り組みを行なう施設も数多くあります」
特養は大きく「個室ユニット型」と「多床室型(従来型)」に分けられる。
リビングや炊事施設を取り囲むように10室程度の個室を配置し、これを1ユニットとしてケアするのがユニット型。それに対して、2〜5人部屋が並ぶのが多床室型の特養だ。2タイプの混在型もある。タイプによって利用料が変わる。
「特養の場合、基本的な料金は『利用料』『居住費』『食費』の合計になり、要介護度によって設定が変わる。たとえば要介護3の人の場合、ユニット型なら月額12万4000円ほどで、多床室型の場合は8万7000円ほどになる。衣類の洗濯代やオムツの費用もこれに含まれます。ただし、居住地や各施設が取得しているサービス加算、世帯収入によっても料金に違いが生じるので、入居前に個別の確認が必要です」(前出・高室氏)
ユニット型の個室にはトイレが備えられ、1ユニットに5人前後の専任の介護職員がつく。一方の多床室も、パーテーションや棚などでそれぞれの生活スペースが仕切られ、プライバシーが配慮されている。
料金は割安ながら、民間の有料老人ホームに引けを取らないケアを提供する特養も少なくない。ただし、“お金を払えば誰でも入れる”というわけではない。
介護評論家の佐藤恒伯氏が指摘する。
「15年の法改正により、原則要介護3以上の人しか入居できなくなりました。そのため、認知症や生活動作の困難度が深刻化した人たちのための施設という色合いが強まっています。つまり、多くの人にとって、『終の棲家』の選択肢になり得る施設だともいえます」
人気は高く、全国で30万人以上が入居の順番待ちをしているといわれる。数多くある特養からいかによい施設を探し出すか。そして、いかにスムーズに入居を実現するかがポイントとなる。
見学時の「7つのポイント」
「日本では、特養の『サービスの質』を担保するシステムが十分でありません」
そう指摘するのは特養の業務内容とサービスの質を評価する第三者機関「Uビジョン研究所」の本間郁子理事長だ。
「私たち第三者機関は、契約を結んだ介護施設の調査を行ないます。財務やケア日誌など書類の精査や、利用者と家族、スタッフへのアンケート、聞き取りはもちろんのこと、海外では一般的になっている抜き打ち調査も実施しています」
Uビジョンは抜き打ち調査を含めた世界標準の第三者評価を行なう国内唯一の法人だという。調査のプロである本間氏によれば、見学時に「よい特養を見分ける7つのポイント」があるという。
●見分け方1:スタッフに「施設の理念」を聞く
施設が掲げる理念を現場がどれだけ理解しているか。よい施設は理念とするフレーズをスタッフが諳んじられるのが一般的だという。
●見分け方2:ヒヤリハットの件数を確認する
事故件数はもちろん、前段階となる“ヒヤリハット”の数まで把握しているのがよい施設。それにより適切な予防措置が講じられる。
●見分け方3:食事介助の時の言葉遣い
「赤ちゃん言葉」を使っていないかなど、入居者を“大人”として扱っているかを確認。あえて食事の時間帯を選んで見学するとよい。
●見分け方4:入居者の頭髪
入居者の身だしなみに気を配り、快適な生活が送れるよう配慮がなされているか。確認しやすいのが「髪の毛」だ。頭髪を乱れたままにしている施設は要注意。
●見分け方5:食器は陶器か
プラスチック製を使えば施設側は楽だが、入居者は慣れ親しんだ陶器のほうが満足度は高い。手間を惜しまない施設かをチェック。
●見分け方6:屋内で四季を感じられるか?
利用者が四季を感じられるよう生花や植物を飾っているか。窓外の景色に気を配っているかを確認。
●見分け方7:介護福祉士の数を確認
介護福祉士(国家資格)を持つスタッフの割合が、「入居者5人に対して1人以上」なら安心だという。
「建物や設備といったハード面はもちろん大切だが、施設長やスタッフのケアに対する考え方、QOL向上への取り組みなど、ソフト面がより重要です」(本間氏)
以下のリストはそうした視点から佐藤恒伯氏、高室成幸氏、本間郁子氏が選んだ先進的な20施設だ。
老人ホーム調査のプロが選んだ「先進的な特養20」
以下、上の画像と同じ内容
●施設名:愛川舜寿会 ミノワホーム
住所:神奈川県愛甲郡愛川町角田140-3
入居定員:54人
個室:2
多床室:19
備考:全国20の社会福祉法人が参加する「介護男子スタディーズプロジェクト」のリーダー・馬場拓也氏が常務理事。地域に開かれた特養を目指し、ハロウィンパーティや夏祭りを開催
●施設名:一誠会 偕楽園ホーム
住所:東京都八王子市宮下町983番地
入居定員:100人
個室:0
多床室:26
備考:平日は嘱託医の診療があることに加え、協力病院との連携に注力し、利用者の健康管理を徹底。毎日営業のホーム喫茶「いこい」での語らいも入居者には癒やしのひととき
●施設名:小田原福祉会 潤生園
住所: 神奈川県小田原市穴部377
入居定員:100人
個室:18
多床室:23
備考:「食はいのち」がモットー。嚥下食(飲み込みやすいように形態などを調整した食事)を日本で初めて開発した。「床ずれゼロ」「脱水ゼロ」「身体拘束ゼロ」をいち早く実現
●施設名:合掌苑 合掌苑 桂寮
住所:東京都町田市金森東3-18-16
入居定員:80人
個室: 6
多床室:20
備考:2018年に第8回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」を受賞。施設に託児所を完備するなど、スタッフの労働環境改善の面からもケアの質の向上を目指す
●施設名:桑の実会 康寿園
住所:埼玉県所沢市東狭山ヶ丘6-2833-1
入居定員:50人
個室: 0
多床室:13
備考:職員は年2回以上の研修参加が必須。家庭的な雰囲気を大切にし、個別ケアに取り組む。職員満足度に焦点を当てた改革にも取り組み、18年度「日本経営品質 経営革新奨励賞」を受賞
●施設名:煌徳会 とどろき一倫荘
住所:千葉県千葉市稲毛区轟町5-2-1
入居定員:80人
個室: 80
多床室:0
備考:ベッドセンサーで利用者の呼吸、脈拍、身体の動きを確認し、スタッフのモバイルデバイスに送信して見守りを助ける。YouTubeを通じて日々の様子を伝えるなどの取り組みも盛ん
●施設名:こうほうえん うきま幸朋苑
住所:東京都北区浮間5-13-1
入居定員:115人
個室: 115
多床室:0
備考:全室ユニット型個室によって、ゆとりある居住空間を実現。各ユニットで利用者が相互に社会的関係を築き、その能力に応じて自立した日常生活を営むことを目指す
●施設名:心の会 さくらの里山科
住所:神奈川県横須賀市太田和5-86-1
入居定員:100人
個室: 100
多床室:0
備考:愛犬、愛猫と一緒に入居できる全国でも珍しい特養。ペットの散歩や食事なども職員が世話をする。「諦めない福祉」を掲げ、外出行事なども盛んに行なわれている
●施設名:さくらぎ会 こもれびの郷
住所:東京都あきる野市雨間385-2
入居定員:80人
個室:4
多床室:20
備考:介護職員のキャリア・能力を9段階の評価システムで管理し、介護技術などを向上させる仕組みを構築。利用者の誕生月に本人が叶えたいことを実現させる「バースデイ企画」が好評
●施設名:賛育会 清風園
住所:東京都町田市金井7-17-13
入居定員:110人
個室:22
多床室:22
備考:1964年、日本で2番目の特養として登録。長い歴史の中で地域に浸透し、月2回地域の誰でも参加できる「子ども食堂」を実施。介護ロボットを導入するなど先端技術も取り入れる
●施設名:伸こう福祉会 クロスハート幸・川崎
住所:神奈川県川崎市幸区河原町1-37
入居定員:98人
個室:2
多床室:24
備考:職員の定着率の高さとそれに伴う安定したケアが特徴。高齢者、障害者を含む多様な職員が勤務しする。その人らしさを追求した個別ケアも充実。入居者は飲酒・喫煙も相談できる
●施設名:新生寿会 ありすの杜きのこ南麻布
住所:東京都港区南麻布4-6-1 南棟
入居定員:118人
個室:118
多床室0
備考:運営法人は日本初の認知症高齢者専門病院「きのこエスポアール病院」なども手掛ける。職員は認知症患者とのコミュニケーション法「バリデーション」の考え方を学んでいる
●施設名:生活クラブ風の村 特養ホーム八街
住所:千葉県八街市東吉田912-8
入居定員:97人
個室:97
多床室0
備考:地域の人も利用できる喫茶店を併設。裏庭にはヤギを飼っていて、自然いっぱいの中で自由な暮らしを提供する。本間郁子氏の抜き打ち検査でも好評価を得た
●施設名:聖風会 足立新生苑
住所:東京都足立区花畑4-39-10
入居定員:220人
個室:36
多床室:48
備考:都内最大級の規模を誇る。近隣には桜の名所も。利用者や家族に対し、介護の仕事、施設内の様子をよりわかりやすく知ってもらうための動画を作成・公開などの取り組みも
●施設名:世田谷区社会福祉事業団 芦花ホーム
住所:東京都世田谷区粕谷2-23-1
入居定員:103人
個室:67
多床室:16
備考:「平穏死」を提唱する石飛幸三医師が常勤するホーム。石飛氏の指導のもと、死生観を養うための専門研修を行なうなどして、穏やかな看取りケアに総合的に取り組んでいる
●施設名:善光会 フロース東糀谷
住所:東京都大田区東糀谷6-4-17
入居定員:160人
個室:160
多床室:0
備考:IT技術を積極的に取り入れるホーム。特にセンサー系を充実させることで、介護の効率化を図る。夜勤ではスタッフがセグウェイで移動をしている
●施設名:多摩済生医療団 多摩済生園
住所:東京都小平市美園町3-12-1
入居定員:154人
個室:60
多床室:20
備考:職員研修では、実際にやってしまいがちなミスを職員が演じた動画を用いるなど、介護・看護職員が学びやすい環境を充実させ、職員の意欲を高める取り組みを実践
●施設名:東京栄和会 なぎさ和楽苑
住所:東京都江戸川区西葛西8-1-1
入居定員:120人
個室:96
多床室:12
備考:年間5000人以上のボランティアが施設に入る開かれた特養。1階地域交流スペースを開放し、地域や外部の力を活用してケアにあたる姿勢が高い評価を受けている
●施設名:不二健育会 ケアポート板橋
住所:東京都板橋区舟渡3-4-8
入居定員:105人
個室:20
多床室:25
備考:「ケアプランは名前を隠しても内容を読めば誰のものであるかがわかる」と介護長。徹底した個別ケアとそれを支えるための手厚い研修制度を用意する
●施設名:武蔵野療園 武蔵野療園
住所:東京都中野区上鷺宮3-17-4
入居定員:100人
個室:0
多床室:26
備考:戦後、東京第1号の社会福祉法人としてスタート。ホーム開設は88年。大正ロマンを感じる喫茶室が人気で、病院と連携し嚥下内視鏡検査を行なうなど先進的な取り組みも多い
※佐藤恒伯氏、高室成幸氏、本間郁子氏が関東エリアで先進的な取り組みを高く評価する特養を選出。上から五十音順。
「できることを減らさない」
「2階で(ベッドから車椅子への)移乗のお手伝い、できる人いますか?」
スタッフの一人がインカムを通じて呼び掛けると、すぐに反応があった。
「吉田です。私、行けます」
東京都町田市にある特別養護老人ホーム合掌苑 桂寮では、スタッフたちが常に連携を取りながら入居者のケアにあたる。
相談員リーダーの佐藤幾子氏が説明する。
「お客様のQOL(生活の質)向上のために、様々な取り組みをしています。インカムもそのひとつで、導入したのは5年以上前のこと。以前は他のスタッフに手伝ってほしくても、近くに誰か見当たらないと利用者の方を待たせてしまうことがあったのですが、導入してからはよりスムーズにケアが提供できています」
93年設立の同ホームでは、利用者へのケアは細部までこだわりがある。
「『できることを減らさない』を基本理念に取り組んでいます。つまりスタッフが必要以上に手伝わない。お客様の力を最大限引き出して生活していただくということです」(同前)
2年前から取り入れているのが、先進的な取り組みで知られる奈良の特別養護老人ホーム「あすなら苑」で生み出された〈10の基本ケア〉だ。
「床に足をつけて椅子に座る」「町内に出かける」「トイレに座る」など、日常生活そのものをリハビリと捉え、入居者の生活能力の維持・向上を目指している。
「たとえば『床に足をつけて座る』の項目。特養では車椅子の方が多いのですが、歩くことが難しいだけで、立ち上がることはできる方がほとんどです。だから食堂までは車椅子でお連れして、食事の時は普通の椅子に移乗して食べてもらう。
人は立ち上がって足の裏に荷重がかかることで覚醒します。1日3回の食事で椅子に移乗するだけでもかなり違う。『トイレに座る』などの項目にも、リハビリ効果があります」(同前)
こうしたケアをより安全に行なうため、高さの違4種類の椅子やテーブルを用意するなど、ハード面での工夫にも余念がない―。
ペット入居可の特養も
各種センサーや介護ロボットの導入に熱心に取り組むのが社会福祉法人・善光会の運営するフロース東糀谷(東京都大田区)だ。
同法人理事の宮本隆史氏は次のように言う。
「私どもは、『オペレーションの規範となる』『業界の行く末を担う先導者になる』といった理念を掲げ、積極的に先進技術を取り入れています。たとえば利用者の方の下腹部にセンサーをつけて排尿のタイミングを知らせる『DFree』によって、一人ひとりのオムツ替えのタイミングが即時にわかり、QOLの向上に大きく役立っています」
他にも入居者の動きを知らせる「シルエット見守りセンサ」や眠りの状態を可視化する「眠りSCAN」などを導入。スタッフの負担軽減にも、最新技術を活用する。
「夜勤に限ってスタッフがセグウェイを使っています。それにより夜勤中の歩く距離を約3割減らすことができました」(同前)
社会福祉法人・心の会が運営するさくらの里山科(神奈川県横須賀市)はペットと一緒に入居できる全国でも珍しい特養だ。
4階建ての2階部分がペット同伴の入居者専用のフロア。犬用と猫用のユニットが2つずつ用意され、ペットたちが自由に歩き回る。
「目指しているのは『諦めない介護』です。高齢になって体が不自由になったり、認知症になったりして、色々なことができなくなる。そこを私たちが補い、諦めないで済むようにしていきたい。その取り組みのひとつがペットと暮らすことです」(若山三千彦・施設長)
ペット同伴の入居は7年前にホームが開設すると同時に始めた取り組みだ。
「とても好評で、認知症が改善した方もいらっしゃるし、ご高齢で手足の関節に拘縮(関節が動かしにくくなった状態)がある方が、ペットを撫でているうちに症状が軽くなったというケースもあります」(同前)
ペットたちの食事などの世話は職員たちが行なう。散歩や入浴はボランティアの手も借りているという。
75歳女性の入居者は愛猫を撫でながらこう話す。
「入居して6年目です。この子(愛猫)も14歳になりました。私には子供がいないので、姪っ子と市の職員さんがここを探してきてくれた。この子と一緒に暮らせて、本当によかった」
※週刊ポスト2019年8月30日号