コメント
この記事へのみんなのコメント
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gkrsnama
2024-08-29
当地では特養は要介護3になってから3年待ち。母がもう介護できなくなって、半ば強引にサ高住に入れた。 サ高住は、父が拒否してもあの手この手でケアを試してくれるだけでない。話し相手になってくれ、娯楽を提供し、おりおりに遠足・ドライブに連れ出す。クラブもあれば菜園まである。初めは拒否していた父も、1月もすると、たまの帰宅時にははやく施設に帰りたいと泣き騒ぐ有様。最後は、苦しみを最小限にするという方針で看取ってくれた。父の遺影は施設が開いてくれた誕生日パーティーでのもの。自宅介護ではついぞ見せることがなかった、いい笑顔。 サ高住は月30万近くかかって年金でペイできないのだけれど、特養は同等の福祉を提供してくれるのかしら。
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久米隆
2026-03-04
よすぎてかくことなし
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jvid線上看
2026-03-04
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緒方正幸
2026-03-02
認知症で要介護5の母を施設に入所させてから一度も面会せず3年になります。 入所時点で母は私を亡夫と間違えるほど能力が低下しており、徘徊とせん妄を繰り返し日常生活は全て介護無しには過ごせない状態だったので入所してくれて家族は救われました。入所後は母が家に帰りたいと言い出さないかが心配でコロナの蔓延で面会禁止が長く続いたのが幸いだったくらいであり、その後も帰宅願望の誘発を懸念して面会を避け続けて今日に至っています。 母は若いころから精神的に不安定で家族との折り合いが悪く、自宅でも部屋に引きこもったままの状態だったので、認知症になってからは愈々家族のお荷物になったのです。このため家族、親戚共に母に面会したいと願う者はおらず、施設が行う行事にも全く参加していません。入所した時点で母は他界したと考えるようにしています。 介護保険と医療保険によって高齢者が長く生き延びることが出来るようになりましたが重度の認知症によって家族や社会とのつながりを亡くした母は精神病院の重隔離病棟に収容されているのと同様です。 母はやがて100歳を迎えるほど長生きしていますが、ただ生きているだけということに人間として幸せや尊厳があるとは思えません。 「長寿は目出度いことだ」というのは最早おとぎ話であると感じます。多くの費用をかけてこのような状態を維持し続ける手厚い保険制度は今後変わらずに続けるべきかどうか深く憂慮しています。
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