非正規雇用世代の若者、危ぶまれる40年後の健康格差
前記事「平均寿命は東京23区内でも3才もの開きが。そこにある厳しい現実とは」で東京23区を例に見た時、生活保護受給率が高い区ほど平均寿命が短く、受給率が低い区ほど平均寿命が長いことを紹介した。今や経済格差が健康格差につながっている。しかし「貧困」と「不健康」の関係については、高齢者だけを見ていてはいけないと、桜美林大学大学院老年学研究科教授の杉澤秀博先生は言う。
今の若者が40年、50年経った時の高齢者の貧困と健康
高齢者の貧困や不健康を論じる時、私たちは今目の前にある高齢者だけを視野に入れて論じがちだ。しかし杉澤先生は、今目の前にある高齢者の貧困や不健康は、その人のライフコースによって影響を受けてきた末にあるものだと語る。
「高齢期の健康格差というのは、高齢期における経済的な水準だけで決まるわけではないんです。高齢期の所得水準というのは、その人たちがたどってきた人生のライフコースによって影響を受けています。満足に教育を受けることができなかった人たちは健康度が低くなる確率が高いとされています。
その理由についてはいろいろ議論がありますが、年金ひとつとっても、現実的にはどういう企業に就職し、どれくらい勤続したかによって決まってきます。つまり若い時の生活環境──学校教育や就業支援も含めたものをきちんと整えないと、40年も50年も経って高齢者になってから、貧困と健康の問題として表れてくるのです。
このように高齢者の貧困と健康の問題は、今目の前にある高齢者だけではなくて、いま十分な教育機会を得られない子供や、意に反して非正規で働かなければならない若者がいずれ直面するかもしれない問題だと考えないと、根本の解決を考えることにならないのです」
貧困はなぜ健康を破壊するのか
東大生の親の半分以上は年収が950万以上あるとされるように、年収と大学進学率は相関関係が指摘されている。実際には経済格差による教育格差はもっと小さい頃から始まる。
「豊かな環境に生まれた人は苦労しなくても自分に投資してくれる親がいます。しかし貧困家庭では教育に回すお金もないし、理解もないことが多い。そこで教育格差が世代間で連鎖していきます」
怖いのは話がそこで終わらないことだ。貧困家庭に生まれながらも、持ち前の能力と努力で克服しようとする人は大勢いる。ところがその努力が健康に影響を与えているという。
「幼少期に貧しい家庭に育った人が中年以降に豊かになったとしても、高齢になった時に健康度が悪いことが、先行する欧米の研究などからわかり始めています。幼い時、若い時にどういう生活環境にあったか、つまりその人のライフコースそのものが、高齢期の健康に影響を与えているのです。
自己努力するしかない人が犠牲にするのは健康です。親が教育投資をしないとなると、アルバイトで稼ぎながら進学するなど自分に負荷をかけるしかない。その無理が後々出世して豊かになっても健康に悪影響を及ぼす。貧困は非常に大きなストレッサーとなるのです」
貧困や健康問題は本人努力だけでは解決しない
「ライフコースはその人が選んだものだ、という見方があります。でも違うんですよ。どういった職業につけるかは、その人の受けてきた教育による。教育環境は親の収入や考え方による。希望する職種についても出産後、保育園が見つからなくて辞めざるを得ない女性がいる。会社のリストラで辞めざるをえなくなる。このようにライフコースは外的要因に左右されます。
だから今の高齢者の経済格差や健康格差を個人の努力の問題と片付けることはできないのです。しかも10代、20代の間に非正規雇用が広まりつつある今、その人たちが40年後、50年後に高齢者となった時の健康度を、個人的な問題として済ませてはならないと思います」
ライフコースは決して自分が自由に選んでいるわけではない。自分では選択できない家庭の状況、社会の状況で否応なく選ばされているのだ。杉澤先生は、最終的に健康格差を是正するには、貧困格差、教育格差を是正することが重要だという。そして、その恩恵を受けた者は、高齢になってからも社会に自発的に貢献する。そのサイクルを作ることが大切だと説く。
「教育というのは学力だけではなく、さまざまな人生の生きる力を習得する場です。経済問題に関係なく大学まで進学できるようになれば、高齢期における健康問題も多少格差が縮められるのではないかと思うのです」
取材・文/まなナビ編集室 写真/(c)kei907 / fotolia
※初出:まなナビ